2024年04月25日( 木 )

【凡学一生のやさしい法律学】絶望の法治国家(前)

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 明治大学法科大学院教授・瀬木比呂志氏は裁判官を定年退職するに際し、裁判所の絶望的な腐敗状況を細かに記載した『絶望の裁判所』を著している。
 瀬木教授は謙抑的にあえて言及しなかったが、日本国憲法に基づく3権分立の政治制度においては抑制と均衡の不可分の関係から、司法権単独の腐敗という現象は発生しえず、3権すべてが腐敗した状況においてのみ、司法権もまた腐敗しているといえる。つまり、司法権の腐敗と行政権・立法権の腐敗は同時存在の関係にある。その意味で、日本は絶望の法治国家である。

1. 2つの特別職公務員に関する事件

 1つ目の特別職公務員に関する日本学術会議「推薦無視」事件では、総理大臣には公務員に対する絶対的な任命権があるとして、法令で定められた「推薦に基づく任命権」にもかかわらず、無条件の絶対的任命権に基づく、「推薦無視」の行為が強行された。この推薦無視の行為は、論理的には任命罷免行為とはまったく次元の異なる法律行為であることが完全に無視されており、明白な背理である。

 加えて、菅総理は、その強行の理由を問う野党や利害関係者に対しては、「人事の秘密」を盾にして、正当で合理的な理由の開示を拒否し続けている。この「人事の秘密」も、判例とはまったく場違いの理由づけであることを学者や識者の誰もが指摘しない。

 「人事の秘密を理由とする理由開示拒否」が判例として登場したのは、宮本康昭判事補再任拒否事件と呼ばれる司法権内部における思想統制事件においてである(青年法律家協会員排除事件)。下級裁判所裁判官は、最高裁判所の指名した名簿によって内閣が任命する(憲法第80条1項前段)。そのため、この事件は正確には任命拒否事件ではなく、指名名簿搭載拒否事件である。「人事の秘密」は指名段階での選任の秘密であり、その指名により作成された名簿に基づく内閣の任命行為の段階に存在するものではない。

 これを今回の「推薦無視」事件に当てはめると、「人事の秘密」は学術会議の推薦の段階にあることになり、判例が認める理由開示拒否権は学術会議にある。それは推薦した、ないしは推薦しなかった理由の開示拒否を認めるものであり、いかに内閣の主張論理が恣意的な誤った議論であるかということは明白である。

 2つ目の特別職公務員に関する事件は、「桜を見る会」の前夜祭を巡る安倍晋三氏の公設第一秘書(以下、第一秘書)の政治資金規正法違反容疑であるが、そもそも公務員でありながら、総理大臣の任免権は存在せず、同じ特別職公務員の国会議員にその絶対的な選任権がある。

 これは、第一の事件の公務員に対する総理大臣の絶対的任免権の根拠を否定する明白な反証例である。加えて、その特別職公務員は公務員でありながら、国家に忠誠を尽くすどころか、単なる選任者に過ぎない国会議員に命まで捧げる奉公をする。

 今回も選任者である元総理大臣・安倍晋三氏の犯罪の嫌疑を第一秘書が一手に引き受けて、罪をかぶる行為に出た。身代わり自供である。なぜ、身代わりといえるのか。それは、第一秘書にはまったく個人的利害が存在しない事実関係であるためだ。

 第一秘書は、本来なら政治資金報告書に記載すべき支出を記載せず、加えて、それにつき安倍氏に虚偽の報告をした、という。さらに、記載しなかった理由は、記載すれば違法行為となることを自覚していたためという。もちろん、その場合の違法行為の責任はその隠蔽行為の受益者となる安倍氏であるため、まさに、安倍氏のために安倍氏を欺いてまで自らが犯罪者となった、と自供している。

 この論理は、まさに安倍氏を犯罪者としないために自らが犯罪者となったというものであり、犯罪の真の受益者が安倍氏であることには、何らの変わりはない。これを身代わりといわずして何というだろうか。この馬鹿げた論理に検察も悪乗りしており、政府自体が腐敗しているというほかない。

 安倍氏自身は国会での追及に対して、件の第一秘書に対して出費の有無を確認して、出費がないことを確認した、と答弁し続けた。つまり現在では、第一秘書に騙されていたとの弁明を行っている。

 この答弁には、さすがの安倍氏びいきの政治評論家弁護士の橋下徹氏も、ありえない答弁であると批判した。つまり、取引相手のホテルに電話1本で確認できる事柄であるため、それをしなかったことが理不尽という。結局、金銭支払いの有無を真剣に確認する意思は初めからなかったと見はなされている。

 このことは、質問、追求する側の野党の議員についてもいえる。この事件にかかわる当事者のホテルにさえ確認せず国会で質問する姿勢には、本気度がまったくうかがえないためである。

(つづく)

(後)

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