2024年04月16日( 火 )

エズラ・ヴォーゲル氏の『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を考察~ライシャワー駐日大使はなぜ「発禁せよ」と警告したのか(前)

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 『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が大ベストセラーとなったハーバート大名誉教授のエズラ・ヴォーゲル氏が、2020年12月20日に90歳で亡くなった。各メディアは一斉にヴォーゲル氏の評伝を掲載した。親日派のライシャワー駐日大使が、同書について「日本人が傲慢になるから、日本では発禁にした方がいい」と評したのは有名な話だ。なぜ、発禁を唱えたのか。

高度成長の要因は日本的経営にあり

 エズラ・ヴォーゲル氏は1979年に刊行した『ジャパン・アズ・ナンバーワン』で、戦後日本の高度成長の要因を日本人の学習意欲の高さや日本的経営にあると読み解いた。

 日本企業にとって独自の経営慣行、経営システムを日本的経営という。終身雇用、年功序列、企業別組合は、日本的経営の“3種の神器”と呼ばれた。社員を社宅に住まわせ、社歌や運動会で忠誠心を育てる経営者などが、日本の経営の強みと列挙された。

 日本的経営と米国的経営を色分けすると、性善説と性悪説の違いに帰着する面がある。移民国家である米国生まれの米国的経営は多民族が集まっているため、企業への忠誠心は低い。そのため「何も言わなければ従業員は働かない」という前提で、内部管理が組み立てられていく。

 これに対し、日本的経営はまったく異なる前提に立っている。日本の企業は共同体であり、従業員が会社のために尽くすことが前提だ。企業への類まれなる忠誠心がベースであるため、「何も言わなくても従業員はよく働く」。また、職種に関係なく助け合える。別にマニュアルで決まっているからではない。共同体であるがゆえの融通無碍のところが、組織の運営上、プラスに働き、企業忠誠心を前提とする日本的経営が成功した。

 しかし、いかに成功しようが、その原理原則は共同体主義。資本や資本家の影が極めて薄い。それは特殊であり、日本的な現象で、世界的に通用するものではない。世界一とおだてられてのぼせ上がるな。親日派のライシャワー駐日大使は、そのことに警鐘を鳴らしたといえる。

日本企業による米国買いが反日感情に火を点けた

 ライシャワー駐日大使の警鐘が現実のものとなったのが、バブルの時代である。80年代後半、大企業の経営者の多くは熱病に冒された。株や土地の上昇が永遠に続くという幻想にとり憑かれていた。

 日本企業は熱気に煽られ、米国買いに走った。秀和(株)はロサンゼルスでアルコプラザ、三井不動産(株)はニューヨークでエクソンビル、住友不動産(株)はニューヨークでティッシュマンビル(ニューヨーク五番街666番地ビル)、(株)第一不動産はニューヨークのティファニー本社ビル、三菱地所(株)はニューヨーク・マンハッタンで超高層ビルを保有するロックフェラー・センターを買い漁った。

 ソニー(株)は映画会社のコロムビア・ピクチャーズを、松下電器産業(株)(現・パナソニック(株))はハリウッドのMCAを買収した。

 88年末には、世界の時価総額ランキングで、100社中51社、上位20社中18社が日本企業という異常な事態になった。90年代には、どの本も、日本がこのまま行けば、2010年前後には、世界トップの経済大国たる米国の地位を脅かすことになるだろうと書いていた。

 1980年代後半に入って加速した日本の米国買いに不快感を募らせる米国国民は多かった。ソニーのコロンビア買収は、積もり積もった反日感情に火を点けた。映画は、米国文化の象徴といわれてきた。欧州のような歴史と伝統をもたない米国では、全世界を席巻するハリウッド映画に強い思い入れがある。

 「米国の魂を買った」。米国内で、こうした類の反発が噴出した。ソニー・バッシングを決定づけたのは『ニューズウィーク』誌だった。表紙は、コロンビア映画のタイトルマークである自由の女神に芸者のような着物を着せ、その横に「日本、ハリウッドを侵略」という大見出しを掲げた。米国の聖地にまで手を突っ込む傲慢な思い上がり。ライシャワー氏がもっとも恐れていたことだ。

(つづく)

【森村 和男】

(後)

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