2024年04月19日( 金 )

【コロナで明暗企業(3)】日本たばこ産業(JT)が日本から脱走(4)

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 「庇を貸して母屋を取られる」。自分の所有物の一部を貸したがために、ついにその全部を奪われるという意味(広辞苑)。日本たばこ産業(JT)は本社機能をスイスに移転する。たばこ事業は、国内はJT本社、海外はジュネーブに拠点を置くJTイーターナショナル(JTI)が担ってきたが、来年1月以降、国内事業もJTIの傘下に入る。JTは買収した海外のたばこ会社・JTIにのみ込まれる。「庇を貸して母屋を取られる」格好だ。

RJRI買収に関わった歴代4名の社長

 2018年3月、寺畠正道氏が7代目社長に就いた。1965年生まれ、広島県出身。89年に京都大学工学部卒業後、JTに入社。英マンチェスター・タバコや、米RJRナビスコの米国外事業の統合作業に携わり、08年経営企画部長、13年に取締役兼JTインターナショナル(JTI)副社長を務めた。JTに入社した世代で初の社長となった。

 米RJRナビスコの米国外事業の買収は、総責任者が4代目社長となった本田勝彦氏、実務執行責任者が5代目社長の木村宏氏。6代目社長・小泉光臣氏と7代目社長・寺畠正道氏は、買収プロジェクトのメンバーだった。

 4代続く社長がRJRI買収に関わってきた。RJRIの買収が大仕事だったことを歴代トップ人事が証明している。そして、その後のJTの海外事業に軸足を移すという方向を決めた。

海外事業担うスイスのJTIを「世界本社」に

 JTはM&Aで「成長の時間を買った」と常々言っている。日本だけのたばこ会社だったJTは、海外のたばこ会社の買収を重ね、グローバル企業となった。

 世界のたばこシェアは、中国の国有企業である中国煙草総公司(CNTC)が43.6%で断トツのトップ。『マールボロ』『L&M』をもつ米フィリッブ・モリス・インターナショナルが13.9%で2位。『KENT』『ラッキーストライク』の英ブリティッシュ・アメリカン・タバコが12.1%で3位。JTグループは8.4%で4位だ(18年、ユーロモニターインターナショナル調査)。

 世界のたばこ市場は大手への集約が進んだことで、今後は数千億円規模の大型M&Aは難しい。国内では喫煙人口が減り続けている。新経営陣は、国内外の市場環境への対応がこれまで以上に求められる。

 JTのグローバル戦略は他社に見られないものである。海外事業を担うJTIを「世界本社」と位置づけていることだ。

 JTIがグローバル企業で、JTの海外事業の牽引役となっている構図だ。「買収先の日本化」といった単純なものではない。超ドメステック企業であるJTが、グローバル化していくうえでの「最適解(もっとも適した答え)」がこれだったと、JTの首脳陣は胸を張る。

 子会社のJTIと親会社JTの力関係はとっくに逆転している。JTは海外たばこ事業におんぶに抱っこの状態。RJRIやギャラハーを買収せずに国内にとどまっていたら、JTの業績は見るも無惨なものになっていただろう。海外M&Aは正解だったといえる。

 海外事業を担うJTIを「世界本社」と位置づけている理由が、ここにある。今や、スイスの「世界本社」JTIにぶら下がる「東京本社」JTというのが実態だ。今度の組織再編で、国内のたばこ事業はJTIの傘下に組み込まれ、JTは「東京支社」に格下げとなる。まさに「庇を貸して母屋を取られる」である。

スイスのJTI傘下に入り、JTに起きること

 今後JTはどうなるか予測してみよう。JTの歴代生え抜き社長は、完全民営化を悲願としてきた。しかし、完全民営化を阻む壁は高くて厚い。

 JTに関する法律は「JT法」と「たばこ事業法」の2種類がある。JT法では財務大臣が発行済み株式の50%以上を保有する義務を定め、増資などで株式が増えても33.3%以上を出資する必要があると規定している。東日本大震災の復興財源のため、JT株の一部を売却したが、それでも財務大臣が33.35%を保有する筆頭株主。実態は国営企業だ。お目付け役として、元財務次官の丹呉泰健氏を会長に送り込んでいる。

 たばこ事業法はJTに対して、国内でのたばこ製造の独占を認める一方、国産葉たばこの全量買い取りを義務づけ、定価販売しか認めていない。国内の葉たばこ農家や販売店を保護しなければならないとの考えからだ。

 完全民営化になれば、全量買い取り制度の維持が難しくなり、葉たばこ農家は大打撃を受ける。定価制の原則が崩れれば、販売店の経営は苦しくなる。だから完全民営化は難しい。

 では、国内のたばこ事業がスイスのJTIの傘下に入ると、どうなるか。JTIが日本国内の事情に気配りするとはとても思えない。国産葉たばこの全量買い取り、定価販売という聖域に手を突っ込むことはあり得る。政府=自民党農林族とのバトルが勃発するかもしれない。

 また、圧倒的なシェアを握る中国たばこに対抗するため、JTIを巻き込んだ欧米たばこメーカーの統合も、当然視野に入れておかねばならない。その場合、統合新会社にJTが出資するが、連結子会社ではなく、持ち分法適用会社になる。

 JT本体は医薬品の鳥居薬品と冷凍食品のテーブルマーク、たばこ事業はJTIの統合会社の出資企業になるという見立てだ。はたしてどうなるか。

 現時点ではっきりしているのは、国内のたばこ事業が海外に脱走するということだけだ。

(了)

【森村 和男】

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