2024年03月29日( 金 )

『脊振の自然に魅せられて』山に春の兆し(前)

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マンサクの花を見るため、「マンサク谷」へ

 脊振山系は1月、2月と5年ぶりの積雪に覆われたが、その後は温かい日が続いたため、今年はマンサクの開花が早い可能性があると考えて、2月24日にマンサクの自生が多い「マンサク谷」へ出かけた。

 今年はコロナ禍の影響で山を訪れる人が増え、福岡市早良区にある椎原登山口には、平日にもかかわらず数台の車が停車していた。市街地より人との接触が少なく自然が満喫できる山歩きを楽しみにしてくるのだろう。加えて、ヤマップなどの地図アプリが普及して初心者でも山に登りやすくなったのも、その一因である。

 登山道は、多くの人が踏みしめた跡が見られ、少し荒れた状態になっていた。登山道から30分ほど歩くと山の春をいち早く知らせるユリ科のホソバナコバイモが白い花を咲かせて筆者を待っていた。

 

春を告げる花、ソバナコバイモ(細花小貝母、ユリ科)

 ホソバナコバイモは約10年前からこの地に自生し始め、今では長さ200mに渡り登山道の両脇に自生している。3月初めに咲き始める花であるが、今年は例年より1週間から10日ほど開花が早い。ホソバナコバイモは、人が歩く登山道の両脇で少しずつ生息範囲を広げており、人とともに生きているようにも感じられる。背丈10㎝ほどの可愛い花が登山者を迎えてくれた。

 筆者は「今年も会えたね」とホソバナコバイモに声をかけ、スマホのカメラで撮影を始めた。スマホはローアングルでも撮影できるため、便利である。スマホの画面に写っているホソバナコバイモの誇らしい姿は「今年も元気に咲いたよ」と語っているように感じられた。

 オオキツネノカミソリが標高700mの繁殖地から生息範囲を広げており、標高500mのホソバナコバイモの生息地の奥にも、オオキツネノカミソリの若葉が青青と茂っていた。この青葉は5月初めから枯れ初め、7月にはすっかりなくなり、8月の開花に向けて球根に養分を蓄える。ヒガンバナのように茎だけを伸ばしてオレンジ色の花を咲かせるが、発芽から開花まで6年ほどかかる。この場所の開花はお盆ごろであるが、糸島市の水無渓谷の群生地は7月末に開花するため、脊振山系では年に2度、キツネノカミソリの花を楽しむことができる。

 ホソバナコバイモの撮影を終え、昨年設置したばかりのマンサク谷のレスキューポイントへ足を伸ばした。

春になると芽吹く樹木

 春になると、車谷の橋の下の渓谷を流れる水の音も弾んでいるように聞こえる。土手の側に1本の大きなハイノキが渓谷を覗き込むように自生している。ハイノキは数年に1度、小さな白い花を鈴なりに咲かせる。毎春、つぼみの状態を確認するのを楽しみにしているが、雪を被ったように見事な花をつける姿は、数年に一度しか見ることはできない。シャクナゲと同様に、厳しい山の環境で生命を保ち、5、6年に一度、一斉に開花するのだ。今年は見事な花に出会えることを期待して、ハイノキの側を通り過ぎた。

 空に伸びたアサガラの大きな樹木はおそらく休眠中で、まだ芽吹いていなかった。他の木々も春の暖かさを感じると、一斉に芽吹く。樹木の花はそれぞれの季節で気温に合わせて咲くため、春から初夏にかけての時期は、山に来る度にいろいろな花と出会うことができる。

 10分ほど登ると、筆者が「そよ風峠」と名付けた場所に着いた。小さな峠であるが、夏場には矢筈峠方面の渓谷から吹き上げてくる風が涼しくて心地よく、汗ばんだ体に鋭気を養える場所だ。

 沢沿いの登山道に入り、大きな渓谷の右俣の分岐点でザックを下ろした。小型の道標を取り付けたこの場所は、筆者の休憩ポイントである。ドリップしたコーヒーを飲み、メイプルパンを口にして、一息入れた。コンビニのメイプルパンは柔らかく甘くておいしいため、最近は筆者の定番の携帯食となっている。

 目の前の右俣を詰めると気象台のレーダーの横に出る。ワンダーフォーゲルの後輩と2回ほど藪漕ぎをして沢を詰めたことがある思い出の場所だ。

 休憩を終え、脊振山直下から注ぎ込む幅の狭い左俣を横切り、筆者が名付けた「車谷雲水峡」を見ながら歩く。屋久島の白谷雲水峡より、小ぶりで岩の多い峡谷となっており、ミソサザエが巣をつくる場所でもある。ミソサザエは雀ほどの大きさで目立たない、濃い茶色の鳥である。しかし、その鳴き声は甲高く、渓谷一帯に響き渡るほど美しい。「がんばれ」「よく来たな」と言っているのだろうかと想像しながらミソサザエのさえずりを聞くと、体も元気になり、気持ちも晴れ晴れとした。

(つづく)

2021年3月16日
脊振の自然を愛する会
代表 池田 友行

(後)

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