2022年05月24日( 火 )
by データ・マックス

第一生命の金融詐欺事件(4)~山口銀行清交会(OB会)のトップ交代に飛び火

 【表1】を見ていただきたい。筆者の著書『実録 頭取交替』に登場する人物の履歴表である。『実録 頭取交替』に出てくる維新銀行の主人公である甲羅万蔵は、山口銀行の頭取から相談役となったものの、実権を握り続けた田中耕三氏である。

◆田中氏は1953年7月、日立製作所から労務管理の責任者として招聘され、山口銀行に転籍して総務部長代理に就任。総務部人事課長、総務部次長兼人事課長など、長らく人事部門の役職を務めた後、本店営業部副長に就任した。筆者は70年4月に山口銀行に入行し本店営業部に配属され、田中本店営業部副長が本店営業部長に昇格するまでの5年間、部下として仕えた経験がある。75年5月に取締役本店営業部長。以後、常務取締役山口支店長、専務取締役営業本部長を歴任。92年6月、取締役頭取に就任。2002年6月に頭取を退任し相談役に就任。後任の頭取に田原鐡之助専務(著書中の維新銀行の谷野銀次郎専務)を指名。

 しかし、田原頭取は5期10年を務めた田中頭取時代の決算処理を見直し、赤字決算を実行し、財務体質の健全化を図った。そのことが原因で2人の間に大きな亀裂が生じたようだ。

 田中相談役は04年5月21日に開催された臨時決算取締役会議で、田原頭取を罷免する動議を廣田専務(同維新銀行の壇上一志専務)に提出させ、後任に同じ慶応大出身の福田浩一取締役(同維新銀行の古谷政治)を指名。この頭取交代劇が『実録 頭取交替』を出版する動機となった。

 後日、この頭取交代劇を知った中国財務局は役員でない田中相談役が大きく関与したことについて、「ガバナンス上の問題がある」と批判し、これが遠因となって経営不安があった(株)もみじホールディングスとの経営統合(事実上の救済合併)を余儀なくされている。

◆守旧派の役員の経歴を見ていただきたい。田中氏が山口銀行に転籍したのは、1953年である。当時地銀や相互銀行を含む多くの銀行で従業員組合が設立されており、労使交渉をいかにスムーズに進めるかは経―営側にとって大きな問題であった。田中氏は従業員組合の幹部経験者を優遇する対応を取ったのだ。いわゆる御用組合である。

・頭取交代劇で守旧派のうち組合出身の役員は6名。組合出身でない慶応出身者3名を合わせて9名となっている。
・一方、改革派は人事部出身者2名、組合出身の役員1名、その他3名となっており、過半数を割っていて劣勢だったことが読み取れる。

◆田原頭取罷免の決議は、病気入院中だった勝原一明会長(同維新銀行の明智和男)が出席。勝原議長は棄権したものの、8対6で可決された。田中氏の組合幹部優遇策が功を奏したことになる。

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 【表2】を見ていただきたい。清交会(OB会)の歴代トップの推移表である。

~この表から見えるもの~
◆2013年4月に守旧派の末廣馨氏が副会長に選ばれている。15年4月に末廣会長、西原克彦副会長となり、清交会は田中相談役の意向を受けて守旧派が占めることとなった。
・末廣会長、西原副会長は2期4年。19年4月に守旧派の西原会長、財満寛副会長がスタート。2期4年の予定であったはずが、【表3】の通り、2020年10月2日に第一生命の正下文子特別調査役による金融詐欺事件が発覚。正下特別調査役と親しかった守旧派は清交会の会長・副会長を続けることができなくなった。
◆そのため山口銀行は、田原頭取が福田頭取に交代した時と同様に「若返り」を使い、副会長の経験のない山本道也氏を会長とし、その補佐の副会長に小野哲氏、曽我徳将氏を指名。苦肉の策だったことが読み取れる。

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<まとめ>
 第一生命の正下特別調査役による金融詐欺事件で、第一生命と被害者との第1回の調停が今年2月4日、東京地裁で開催された。2回目は4月8日、午後2時から開催される予定となっている。第一生命は和解に向けた動きを示している。田中氏と正下特別調査役との関係が清交会のトップ人事に飛び火したことがおわかりいただけたと思う。山口銀行の道義的責任は大きいのではないだろうか。

【(株)データ・マックス顧問 浜崎 裕治】

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