2024年04月20日( 土 )

熊本城天守閣が内部公開へ、完全復旧への道のりを問う

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 熊本地震発災から5年を経た2021年4月26日、熊本城天守閣の復旧工事の完了にともない、内部公開がスタートした。新たな天守閣は、耐震、免震構造を備えた堅牢なもので、エレベータなどバリアフリーにも対応する現代的なものだ。「復興のシンボル」と言われる天守閣の復旧は、震災復旧の完了さえ連想させるが、熊本城全体から見れば、あくまで部分的な復旧にとどまる。石垣復旧工事など、すべての復旧工事が完了するのは37年度の予定で、その道のりはまだまだ遠い。天守閣復旧はどのような意義をもつのか。城全体の復旧に向け、どのようなハードルが立ちはだかっているのか。

夜間公開された熊本城
夜間公開された熊本城(写真提供:熊本城総合事務所)

天守閣の内部公開「最も大きな目標」

 「現場では、今のところ復旧基本計画通りにきている。委員との協議、予算の確保など、いつまでに何をしないと計画にズレが生じてしまうかを常に意識しながら、これまで通り進めていく」(熊本市担当者)。

 熊本城復旧基本計画全体を見わたしても、震災後5年で天守閣の内部公開するのは、「最も大きな目標だった」(熊本市担当者)と振り返る。いかに「復興のシンボル」とはいえ、天守閣を5年で復旧させるのは、高いハードルだったようだ。それを可能にしたのは、1960年に設置された天守閣を支える杭が残っていたからだった。「すべての杭に破損がなかったので、建物を短期集中で復旧することが可能だった。かなり特殊な事例だった」(熊本市担当者)と指摘する。

 東京オリンピックのため、必要な資材確保が難しい時期があった。新型コロナウイルスの影響もあった。それでも、何とか当初の予定通り内部公開に漕ぎ着けた。熊本市職員にしてみれば、「何はともあれホッとした」というのが正直なところだろう。

文化財的な価値の有無で被災構造物を切り分け

熊本城 天守閣(3月下旬撮影)
天守閣(3月下旬撮影)

 熊本城の復旧基本計画のポイントは、再建・復元建造物と、重要文化財建造物や石垣などの文化財的な価値の高い構造物の優先順位を明確にした点にある。熊本城の天守閣は、1877年に焼失しており、1960年に再建されたもの。城のシンボルであり、城の重要な構成要素ではあるが、鉄筋コンクリート造で外観復元したものである。震災復旧という意味では、このことが功を奏したかたちになる。

 天守閣のような再建建造物を復旧する場合、外観は元の姿に戻すものの、耐震化やバリアフリー化など改修の自由度は高い。ところが、文化財的価値の高い構造物になると、基本的に完全復元することが求められる。材料が破損したからといって、新しい材料を調達し、ホイホイ組み込むのはNGで、破損した部材を繕うなど、できる限り元の部材を再利用することが必要になるのだ。

 復旧基本計画は、ざっくりいうと、重要文化財建造物や建造物下の石垣などを短期(18年度~22年度)、再建・復元建造物やその他の石垣を中期(23年度~37年度)に切り分けて期間設定している。文化財的価値の高いものを優先するという考え方だ。しかし、天守閣は再建・復元建造物ではあっても、最優先での復旧に位置付けた。早期復旧を望むたくさんの声に応えたことはもちろん、杭が設置されていたこと、鉄筋コンクリート造であったことから、技術的にも最優先で復旧を進めることが可能であった。これがなければ、5年で天守閣を内部公開するという目標達成は不可能だっただろうといえるぐらい、クリティカルなことだったと考えられる。

 天守閣の復旧工事を担当したのは大林組。新たな天守閣は、新たに耐震、制震機能をもたせたほか、最大9人乗りのエレベータも新たに設置した。「思いやりエレベータ」という名称が付けられ、階段での昇降が困難な人のみ利用できる。スロープや多目的トイレも整備し、バリアフリー化を図っている。しっかり切り分けたので、専門家などから批判の声が挙がることもなかった。

 どことは言わないが、スケジュールありきで、この辺の切り分けをしないまま、城の復元に着手しようとした結果、復元プロジェクトそのものが頓挫しかねない状況に陥っている自治体がある。それを考えると、熊本市の判断や対応は「すばらしい」としか言いようがない。

仮設とすることで見学通路設置が可能に

熊本城 仮設通路
仮設通路

 復旧基本計画におけるもう1つのポイントが、特別史跡内に見学用の仮設通路を設置した点だ。特別史跡内では、通常、近代的な通路などを設置することはハードルが高いことであるが、恒常的なものではなく、あくまでも20年間の仮設とすることで、文化庁の許可を得た。通路設置したことによって、段階的な内部公開も可能になった。

 通路設置によって、天守閣を見学できるようになるのはもちろんだが、文化財的価値の高い構造物などの復旧作業の様子も眺めることもできるようになる。復旧したものであれば、1回見学すれば、しばらくまた見に行こうとは思わないが、復旧プロセスは、1週間後、1カ月後にまた見に行こうという気持ちになりやすいからだ。復旧が完了したものだけでなく、復旧のプロセスを含めて見学対象にしたのは、戦略的かつ画期的な試みだと評価できる。熊本市担当者は、「復旧の様子をどうやって見ていただくかは、復旧計画の基本的なスタンス。これは20年間変えてはいけないと思っている」と話す。

石工の確保のため新たな仕組み模索中

 今後の熊本城復旧工事は、どのように進められるのか。「しばらくは櫓の解体保管作業、石垣復旧工事がメインになる」(熊本市担当者)という。一口に石垣の復旧工事と言っても、再び地震に見舞われた際、また崩壊しないよう、石垣をどう補強するかという課題が残る。復旧作業のかたわら、専門家や文化庁などと協議のうえ、石垣補強のための調査研究を行う必要がある。調査研究が長引けば、復旧工事に着手できず、計画期間通りに作業を完了できないことも想定される。

石工の確保のための新たな仕組みを模索中
石工の確保のための新たな仕組みを模索中

 石工の確保も課題だ。石工は特殊な職域のため、そもそもの母数が少ない。人材育成を含め、民間団体と協議しながら、必要なマンパワー確保に取り組む必要がある。熊本城以外にも、石垣復旧工事をしている城郭がいくつかある。熊本市もこれまでは比較的大きな工事を発注してきたが、工事が小さくなった場合、「石工の取り合い競争」に負けることも予想される。

 「石工を確保するためには、復旧が完了した後も継続した仕事量をある程度確保する必要がある。行政として、そのためにどのような仕組みづくりができるか。どう仕切っていくかが、これからのカギになる」(熊本市担当者)と力を込める。

【フリーランスライター・大石 恭正】

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