2024年04月25日( 木 )

「イーロン・マスク氏が先導役を務めるAIビジネスの未来」(中)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

国際未来科学研究所代表 浜田 和幸

 世界の注目を集めるDARPAでは2011年、「ネズミの脳に記憶を移植する実験」を始めた。その成果を基に、人間にも応用しようとの研究が続いている。これまでの実験で、「痴呆患者の記憶能力を35%まで向上させた」という。それ以外にも、DARPAでは100万ドルの研究資金を用意し、昆虫の脳に記憶データを移植する研究も支援している。昆虫の脳内の神経中枢のマッピングを試みているわけで、その成果を活かし、AIの機能向上を目指すというから、日本の研究体制では追い付けないだろう。

 この分野では現時点ではアメリカが中国を押さえているようだ。「フェイスブック」のマーク・ザッカーバーグ氏は世界初の「テレパシー・ネットワーク構築」を計画。脳とコンピューターを結びつける研究を継続している。毎秒100ワードを考えただけでタイプできる縁なし帽を開発。世界では30万人以上が内耳インプラントによって音を電気信号に変換することで聞こえる力を獲得している現状から予測すれば、テレパシー通信の現実化も夢物語ではない。

AI 人体 イメージ アメリカ国防総省によるIOB実験も興味深い。なぜなら、2019年6月、赤外線レーザーを使い、200m先の人間(洋服の上から)の心臓の電気信号を95%超の正確さで受信しているからだ。こうした技術を使えば、病院のみならず戦場にて自国兵士の体調を正確に把握できるわけで、応用範囲は極めて広い。

 イーロン・マスク氏の「ニューラリンク」も脳とマシンの一体化(BMI)技術で人をオーガニック・コンピューターへ転換させることを目論んでいる。すでにメリーランド大学のウイリアム・ベントレー教授の下では生物学的細胞をコンピューターの意思決定過程に一体化させる実験に着手し、人体の細胞の周囲にエレクトロンを配置することで、細胞が電流を起こし、通信用の電波を発信することも可能にするという。要は、人体が発電機に変身するというわけだ。

 サウジアラビアのキング・アブドラ科学技術大学のコセル教授の下では手の動きや目の瞬きでドアの開閉をリモートコントロールする磁気スキンが開発された。超軽量で、フレキシブルなスキンを磁気センサーと連動させ、手、指先、瞼に着けてリモート操作が可能となる。バッテリー、ワイヤー、電気チップ、アンテナなど一切不要だ。麻痺患者や居眠り防止には効果的との売り込みが加速している。

 サウジアラビアでは石油に代わる新たなビジネスとして人工知能やロボットの研究も盛んだ。何しろ、世界で初めてロボットの「ソフィア」に市民権を与えたのがサウジアラビア政府である。2017年のことだった。もともと香港企業が開発した人型ロボット「ソフィア」であるが、2016年には国連の歴史上始めて演説したロボットとなった。その後継と目される自助学習能力のついたロボットの「グレース」は医療介護の革命的効果を目指している。患者のリアクションから認知症を早期に発見できるという。

 分野は多少異なるが、フランスではサイボーグ兵士の研究が急ピッチで進んでいる。戦場での兵士の機能性を向上させるのが目的である。いうまでもなく、中国でも人民解放軍で同種の実験が繰り返されている。

 フランス軍の場合には、肉体、認識、心理的能力の強化に加えて、医学的効果への期待も高まっているようだ。なぜなら、痛み、ストレス、疲労感を緩和する効果があるからだ。軍部が想定しているのは、自国の兵士が捕虜になった場合に備え、精神的な抵抗力を強化しようとの目論見があると推察される。

 中国はフランスと比べ、倫理的制約がないため、兵士の生物学的能力の向上への傾注が強いのが特徴である。こうした諸外国の動きに警戒心を強めるアメリカ国家諜報局(DNI)のラドクリフ局長曰く、「アメリカもうかうかしているわけにはいかない。未来の戦場は人間の脳から始まる」。

 そうした危機感を背景に国防総省のDARPAでは脳の機能研究に力を入れている。2013年、ホワイトハウスも公表しているが、「脳波でドローンの操縦を可能にし、ジェット機の操縦やレーダーの運用も脳波で行えるようにする」とのこと。AIを活かした軍事戦略は過熱する一方と思われる。

 さらに注目すべきは、マサチューセッツ工科大学(MIT)の開発するコンピューターとのインターフェース「アルターエゴ」である。こちらは話さなくともコンピューターを操作できるデバイスに他ならない。「ウェアラブルの新革命」と目されている。顎や顔の動きで神経細胞のシグナルを受信するという優れた機能を備えている。マシン・ラーニングへの活用に範囲が一挙に拡大するに違いない。

(つづく)

<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)

 国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。最新刊は19年10月に出版された『未来の大国:2030年、世界地図が塗り替わる』(祥伝社新書)。2100年までの未来年表も組み込まれており、大きな話題となっている。

(前)
(後)

関連キーワード

関連記事