2024年03月29日( 金 )

ニューヨークとコロナ~予防接種(前)

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 大嶋 田菜(ニューヨーク在住フリージャーナリスト)

 新型コロナウイルス感染症が発生してから1年5カ月が経つ。天気が良くなり、外出する人も多くなった。しかも、感染者はとくに増えていない。これで安心していいのかどうかはわからないが、とりあえず町は元に戻ってきている。コロナワクチンのおかげだ、と誰も彼もが話している。ニューヨーク州の成人人口の半分はすでに2回目の接種を終えている。

左:ジャヴィッツ/右:ジャヴィッツ入口
©辻本ゆみえ

 ジャヴィッツ・センターは、マンハッタンのハドソン川沿いに広がる新築の平たいビルだ。昨年の春、一番死者が多かったころに一時的に巨大霊安室として使われた。そういう恐ろしい過去をもつ建物だが、今は暗い思い出をかき消すためか、「希望の家」と宣伝されている。ビル内のあちこちに立っているアメリカ兵は驚くほど穏やかに微笑んで、「お客さん」を案内する。「お客さん」といっても、ワクチン接種を受けにくる市民のことだ。

 そのビルはガラス張りで、日当たりがとてもよい。飛行場のターミナルのように広く見えるが、それは家具も何もないからかもしれない。外はまるでプラザのようで、接種を受けたばかりの人たちがうれしそうに座っている。シャツやセーターの上には「ワクチン投与されました」というシールが貼られている。入口にはアメリカ映画に出てきそうな茶色い帽子にベージュのシャツを着たシェリフっぽい警官がいて、センターにやってくる人たちに元気に挨拶する。が、中に入ると、そこは警察ではなく軍の管轄だ。新型コロナが国家安全保障の問題とされているからだ。

ジャヴィッツの床の矢印©辻本ゆみえ
ジャヴィッツの床の矢印 ©辻本ゆみえ

 広く明るい空間を何歩か進むと、まずは身分証明書と予約済みかどうかを確認する兵士に出会う。それ以降は撮影禁止である。歩いてよいスペースはベルトで仕切られた範囲に限られている。まるで迷路のように、ベルトに囲まれてねじれた通路を何度も何度も曲がる。約2、3mごとに兵士が立っていて、親切な声で「次の兵士のところまで進んでください」と案内される。

 こうして、不思議なテレビゲームのように兵士から兵士へと進んでいく。ほとんどの兵士はアジア系かラテン系か黒人である。途中、床に青い矢印が塗ってあるのが見える。「青い矢印の方向に進んでください」と兵士の優しい言葉にうっとりしながら、みんな進んでいく。どこまで、いつまで歩き続ければいいのかわからないまま、いわれた通りに次の兵士のところまで進む。突然、青い矢印が黄色い矢印に変わったりする。すると、女性兵士が「黄色い矢印の方向に進んでください」と案内する。一瞬迷うと、女性兵士は笑う。「ほら、こっち」と指差しながらいう。

(つづく)

※画像は著者提供


<プロフィール>
大嶋 田菜
(おおしま・たな)
 神奈川県生まれ。スペイン・コンプレテンセ大学社会学部ジャーナリズム専攻卒業。スペイン・エル・ムンド紙(社内賞2度受賞)、東京・共同通信社記者を経てアメリカに渡り、パーソンズ・スクールオブデザイン・イラスト部門卒業。現在、フリーのジャーナリストおよびイラストレーターとしてニューヨークで活動。

(後)

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