2024年04月20日( 土 )

米中対立のエスカレーションに見られる危険な兆候

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 NetIB-Newsでは、「未来トレンド分析シリーズ」の連載でもお馴染みの国際政治経済学者の浜田和幸氏のメルマガ「浜田和幸の世界最新トレンドとビジネスチャンス」の記事を紹介する。今回は、2021年6月4日付の記事を紹介する。

米中対立 イメージ このところ、アメリカと中国の外交関係は冷え切っている。正に「新冷戦」と呼ばれる所以であろう。たとえば、バイデン政権が誕生して初めての外交トップ同士による米中サミットとして期待された先のアラスカ会合であったが、「言葉のミサイル」が飛び交う最悪の舞台回しになってしまった。

 冒頭からブリンケン国務長官はストレートパンチを繰り出し、新疆ウイグル自治区や香港、台湾問題を軸に、中国の人権無視を厳しく糾弾した。そのため、中国側のトップ、楊潔チ氏は何と15分にも渡る反論に努めたのである。お互いに発言時間は2分程度と事前に決めていたにもかかわらずだった。さらには、米中ともに退場した報道陣を会場に呼び戻して、相手側の発言の非のあるところを訴えるという異例の展開となった。

 そんな冷たい雰囲気のなか、両陣営が注目したのが中国側の女性通訳官である。何しろ、楊氏の反論発言は想定外の長演説となってしまった。隣に座って克明にメモを取っていた通訳官は楊氏の発言を正確かつ冷静に中国語から英語に翻訳してみせた。

 実は、楊氏は若かりし頃、中国の外交部で通訳を務めた経験もあり、自分の長演説の後、「これは君の能力を試すいい機会だ」と若い通訳官にバトンを渡したのである。逐次通訳の任に当たった女性通訳官にとっては相当なプレッシャーだったに違いない。

 ところが、彼女の出来ばえは「パーフェクト」と折り紙が付けられたほど。これにはブリンケン国務長官も感心したようで、「すばらしい。君は給料を上げてもらう資格がある」とまで唸ったのである。

 アメリカ側の女性通訳は短い発言を任されただけだったが、楊氏の早口でまくし立てる長演説を任された中国側の女性通訳に皆、舌を巻いたわけだ。この場面では米中両陣営のトップが笑顔を見せた。厳しい非難の応酬が展開された2時間のトップ会合であったが、場が和んだ瞬間だった。

 とはいえ、両陣営が笑顔を交わしたのは、後にも先にもこの時だけで、終始、「言葉のミサイル」による応戦が続いたのである。バイデン政権の誕生直後には「トランプ大統領と違って中国の習近平国家主席とも親しい間柄のため、バイデン大統領は対中融和を目指すに違いない」との見方が多かった。そうした楽観論が見事に裏切られた瞬間でもあった。

 こうした冷戦状態はその後も続いている。5月27日に行われたバイデン政権下初となる電話での米中閣僚級貿易協議でも深刻な摩擦や対立は調整できないまま終わってしまった。USTRのキャサリン・タイ代表と中国の劉鶴副首相が電話会談に臨んだわけだが、まったくの平行線であった。

 問題は、「なぜ、トランプ時代よりも厳しい姿勢を中国に向けることになったのか」ということだ。この点を冷静に分析、把握しておかなければ、日本にとっても大きな落とし穴に陥ることになりかねない。

 もちろん、習近平国家主席はアメリカとの関係悪化は望んでいないだろう。なぜなら、経済、軍事両面とも、中国はアメリカの後塵を拝していることは否定できないからだ。海軍力1つを取っても、中国は航空母艦を2隻しか保有せず、ようやく3隻目を建造中である。一方、アメリカは11隻の航空母艦を誇っている。海軍力全体で比較しても、中国はアメリカの6割程度の戦力しか保有していない。

 しかも、アメリカには日本や韓国など同盟国との長年にわたって築いてきた連携もある上、最近ではオーストラリアやインドなど、中国と緊張関係にあるアジアの国々との経済、安全保障上の信頼関係という強みがある。その上、南シナ海における中国の軍事拠点づくりに対抗するため、「シーレーン防衛」という名目の下、フランスや英国の海軍をインド太平洋地域に派遣するよう求め、日本を含む多国間の軍事演習を繰り返すようになってきた。

 最も注目に値する点は、アメリカは海外に800カ所を超える米軍基地を確保しているが、そのうち、400は中国を囲い込むかたちで展開されていることである。これらの米軍施設には高性能のレーダーやミサイルが配置されており、中国の動きを24時間体制で監視下に置いている。さらには、在日米軍基地を含め、アメリカは中国の周辺国に13万人の米軍兵士を配属しているのである。対して、中国が海外に維持する軍事基地は3カ所に過ぎない。

 確かに、中国はこのところ経済力や技術力を向上されており、アメリカにとっては「最大の脅威」と見なされるようになってきた。しかし、こうした対中封じ込め作戦には注意も必要である。なぜなら、中国側も危機感を強めており、反発や応戦準備もかつてないペースで進んでいるからだ。

 軍拡や即応体制がエスカートすれば、万が一の非常事態が偶発的に発生するリスクも高まる。双方の自制と危機管理を確実にする緊急事態の回避策が欠かせない。ところが、そうした話し合いの場が機能していないのである。その象徴がアラスカでのサミットであった。

 実は、バイデン政権ではトランプ政権以上に、軍事予算を増強させているのである。日本ではバイデン大統領はハト派的なイメージで見られているが、初年度の国防予算請求は7,150億ドルで、トランプ時代の7,040億ドルを上回っている。なかでも「太平洋防衛イニシアティブ」には47億ドルが振り向けられる計画だ。インド太平洋司令部ではさらに270億ドルを要求している。すべての予算請求の理由は「中国の脅威」である。

 何やら「予算要求の理由付け」に中国の脅威を過剰に煽っているようにも思える。バイデン大統領は5月25日、「中国はアメリカを抜いて、世界最強のリーダーの座を目指しているようだが、自分の目が黒い内には、そんなことは絶対に起こさせない」と啖呵を切った。

 そもそも、ベトナム戦争以降、アメリカは40年の間にアフガニスタンやイラクを始め世界66カ国で戦争に係わってきた。しかも、どの戦争においても勝利していない。アメリカの軍事戦略には決定的な弱点が潜んでいるわけで、同盟国日本とすれば、そうしたアメリカの傲慢さという弱点を理解しておかねば、無意味な戦争の尻ぬぐいを押し付けられることになりかねない。


著者:浜田和幸
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