2024年04月24日( 水 )

ストラテジーブレティン(284号)なぜ、大きな政府が必然的なのか~その投資への含意(1)

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 NetIB‐Newsでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
 今回は2021年7月13日付の記事を紹介。


 バイデン政権が登場し、大きな政府への流れが決定的になった。この急旋回は、コロナが原因となって起きたものではなく、コロナは単にきっかけに過ぎない。底流で進行していたレジーム転換が一気に表面化したものと考えられるので、この流れは不可逆的なものであろう。賢い政府が今ほど求められるときはない。

   大きな政府を必然とする3つの要因がある。第1は米中覇権争いである。国家資源を総動員する中国の専制主義に対抗するには、米国も政府の強力なイニシャティブを確立しなければならない。

 第2に経済学と経済政策が直面している課題の大転換がある。これまでの新古典派的経済政策を正当化してきた供給力不足がインフレをもたらすという命題が後退し、代わって需要不足がデフレをもたらす命題が前面に現れたという現実がある。レーガン・サッチャー時代以降、支配的であった新自由主義(ネオリベラリズム)的常識、小さな政府信仰つまり財政赤字回避、規制緩和と産業や市場への国の介入回避などの見方はあっさり捨て去られつつある。代わって大きな政府を柱とする、いわば「新ケインズ主義」が前面に出てきた。

 第3にグローバルなハイテク産業と技術での競争において、政府の支援は決定的に重要になっている。古典的自由貿易は役に立たない建前と化し、WTOも形骸化が著しい。その理由は、半導体などのハイテク産業は初期投資と過去の履歴効果が決定的に重要な収穫逓増産業であり、国家による産業政策、通商管理がその国の企業競争力に致命的重要性をもっていることである。

図表1/図表2
図表1: 先進国・新興国の政府債務対GDP比率の推移
図表2: 米国長期金利の歴史的推移

 大きな政府の時代の到来に投資家はどう対処すべきか、3つの投資への含意を指摘したい。第1は大きな政府であるが、バイデン政権のそれはあくまでも社会主義ではなく資本主義であるということ、最後は資本の合理性(資本リターンと資本コスト)が趨勢を決めることに変わりはない。政府の支援は、あくまでも企業のボトムラインにポジティブに働きかけることで結果をもたらそうということである。

 第2に現代世界経済の基礎的インバランス、貯蓄余剰と需要不足は解消に向かい、物価上昇率の高まりと長期金利の上昇がもたらされ、1980年代から続いた金利低下とドル安の時代は終焉していくだろう。

 第3に米国株価の上昇は続くが、年率5~10%程度の抑制的なものとなるだろう。ケインズ政策の導入、長期金利の底入れは第二次大戦直後の49年ごろとよく似た環境である。米国株式はケインズ政策が導入された50~60年代に大きく上昇した。ただ株式バリュエーションは当時とは大きく異なる。49年にW・バフェットの師匠であるベンジャミン・グレアムが『賢明なる投資家』を著わし、株式が絶対的割安水準にあると述べた時(PER7倍、益回り15%、長期金利2.5%)とは大きく異なる。米国株式は上昇基調ながら抑制的だろう。

図表3: 米国株式益回り、社債利回り、配当利回りの長期推移
図表3: 米国株式益回り、社債利回り、配当利回りの長期推移

(1)急変した世界の経済常識、バイデン氏が舵を切る大きな政府

 コロナパンデミックを契機に世界の経済学と経済政策の常識が根本から変わった。レーガン・サッチャー時代から40年近くの間支配的であった新自由主義(ネオリベラリズム)的常識、つまり財政赤字は避けるべきだ、自由貿易を尊重し、規制を緩和して産業や市場への国の介入はやめるべきだ、などの見方はあっさり捨て去られつつある。代わって大きな政府を柱とする、いわば「新ケインズ主義」が前面に出てきた。

 バイデン政権はコロナ対策1.9兆ドル(約209兆円)に続いて、8年間で2.25兆ドル(約250兆円)という巨額の環境、インフラ投資計画(American Job Plan)を打ち出した。半導体国産化支援500億ドル(約5兆5,000億円)、EV開発と充電ステーション投資1,740億ドル(約19兆円)、クリーンエネルギー産業支援460億ドル(約5兆800億円)、高速ブロードバンド網構築1,000億ドル(約11兆円)、スマートグリッドなど電力インフラ投資1,000億ドル(約11兆円)などの新技術基盤整備が盛り込まれている。

 さらに教育・育児などに10年間で1.8兆ドル(約190兆円)を補助する家計計画(American Families Plan)も打ち出された。この財政資金需要に対してFRB(米連邦準備制度理事会)は量的金融緩和で対応する。トランプ時代まで続いてきた勤労意欲を阻害するので、税金や社会保障は最小限にとの通念も棚上げされ、富裕層や企業への増税により社会保障の増額が検討されてされる。

 欧州でも財政拡大趨勢が既成事実化している。財政赤字GDP比3%以下、政府債務GDP比60%以下というマーストリヒト条項()は事実上棚上げされ、7,500億ユーロ(約92兆円)の欧州復興基金が制定された。時代ははっきり新ケインズの時代へ、サプライサイド強化からディマンドサイドの強化へと舵が切られている。以下では、大きな政府を必然とする、3つの要因について解説し、大きな政府が不可逆的な趨勢であることを論述していきたい。

図表4: バイデン政権による税収と支出見通し 
図表4: バイデン政権による税収と支出見通し 

(つづく)

※:ECの経済・政治の統合の推進を目的とした、EU(欧州連合)創設に関する基本条約「マーストリヒト条約」の条項。 ^

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