2024年04月25日( 木 )

「五輪スポーツにとどまらないトランスジェンダー時代の幕開け」(前)

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国際未来科学研究所代表 浜田 和幸

オスによる妊娠、出産

 日本のみならず、中国でも少子化の波が押し寄せており、この傾向が続けば、今世紀末には「地球上から日本人がゼロになる」と言われているほどである。そんな折、驚くようなニュースが南アフリカから届いた。何と37歳の母親が、一度に10人の赤ん坊を出産したというではないか。

 事前の超音波検査では8人の赤ん坊だと診断されていたらしいが、ふたを開けてみると、7人の男の子と3人の女の子、計10人の赤ん坊だった。母親も父親もビックリしたようだが、「とても嬉しく、感動しています。言葉もありません」と応じている。もし、正式に確認されれば、ギネス記録を塗り替えることになるだろう。

 しかし、このようなケースは極めてまれで、世界的にみると少子化の流れに歯止めがかかりそうにない。それと同時に「女性に家事、出産、育児の負担が過重にのしかかっている」との指摘も聞かれる。「男性にも平等に妊娠や出産の責任を分担してほしい」といった要求も出てきそうだ。

 実は、そんな声を先取りするかのような実験の成果が話題となっている。お隣の中国でのこと。生命科学の専門サイトによれば、上海にある海軍医科大学では、このたび、オスのネズミを去勢してメスの子宮を移植させたうえで、このオスのネズミによる出産に成功したという。

 実験の成功率は3.68%と限定的ではあるが、生まれた10匹の子ネズミは順調に育っているようだ。いずれにせよ、「世界初の実験成功」ということで、中国のみならず、世界の医学界で大きな話題を呼んでいる。

 もちろん、賛否両論あることはいうまでもない。オスによる妊娠、そして出産ということは、現段階ではネズミに限られているようだが、将来的にはほかの哺乳類への応用も視野に入っているに違いないからだ。実際、中国の研究者たちは「人工的に哺乳類のオスによる妊娠を可能にした意味は大きい」と胸を張っている。

 一方、アメリカのニューヨーク医科大学ではすでに「人間の男性に女性の子宮を移植する研究」を進めており、その内容は「医療倫理ジャーナル」誌に詳しく紹介されている。こちらの場合は「トランスジェンダー時代のニーズに応える」ことも視野に入れているというから、発想の面では中国より先を行っているといえそうだ。

 しかし、実際にオスを妊娠させ、出産まで成功させたのは中国である。遅かれ早かれ、オスや男性が妊娠、出産する「平等な社会」が実現するかもしれない。要は、男女の性別など自由に転換できる時代が迫っているわけだ。

東京五輪にトランスジェンダー選手が参加

 そんな中、7月23日に開幕式を迎える東京五輪においても新たな課題が突きつけられている。主役はニュージーランドの重量挙げ選手のローレル・ハバードさん(43歳)である。ハバードさんは35歳まで男性だったが、性転換手術を受け、女性になった。男性時代にもウエイトリフティングに汗を流していたが、女性になったことにより世界ランキングに登場するまでに飛躍を遂げている。「スポーツを通じてトランスジェンダー選手としての使命に目覚めた」という。

 以来、練習には男性時代以上に情熱を燃やし、めきめき力を付けてきた。17年の世界大会では見事に銀メダルを獲得。18年には肘のケガで、選手生命も危ぶまれたが、持ち前のファイティング・スピリットでケガを克服し、19年の世界大会では6位に入賞。そして20年にイタリアで開催された「ローマ世界大会」では金メダルに輝いた。現在、彼女は世界ランキングで15位につけている。

 そんな彼女の夢は「オリンピックで初のトランスジェンダーとして活躍すること」。「同じような性転換経験者に希望と勇気を与えたい」とのこと。彼女が出場するのは女子87キロ超級のため、日本の三宅選手とはバッティングしない。

 これまでオリンピックではドーピング問題が物議を醸してきたが、今後はトランスジェンダー選手の扱いにスポットライトが当てられることになるだろう。なぜなら、元男性であったわけで、いくらテストステロンの値が国際オリンピック委員会(IOC)の定める基準値を下回るとはいえ、生まれながらの女性と比べれば、骨や筋肉の構造など肉体的に有利であることは疑う余地がないからだ。

 IOCは2015年に定めた指針で、「男性ホルモンのテストステロン値が12カ月間、一定以下なら、女子選手として認める」としている。しかし、実際に元男性選手が女性としてオリンピックに出場するのは初めてのこと。ニュージーランドのオリンピック委員会は東京五輪の重量挙げ女子代表(87kg超級)にハバード選手を正式に選出し、国際オリンピック委員会も了承している。

 とはいえ、こうしたニュースが流れるや、賛否両論が沸き上がってきた。賛成派は「人権が尊重された画期的な決定」と歓迎し、反対派は「女性かどうかをホルモンの数値だけで判断するのは女性への冒涜だ」と猛反発。

 確かに、元男性選手が女子スポーツに参戦すれば、たとえ一流レベルでなくても、もともとの女子選手を圧倒するのは目に見えている。ベルギーの選手で東京五輪ではハバードさんと対戦する可能性の高いアンナ・ベリンゲン選手などは「悪い冗談だろう。こんな不公平な環境ではボイコットもあり得る」との声を挙げているほどだ。

 もし、トランスジェンダー選手の人権を尊重するというのであれば、同じ条件で競い合う「トランスジェンダー大会」を新たに立ち上げるべきだろう。国際ウエイトリフティング連盟のアメリカ人弁護士のマーク・ハウス氏曰く「ニュージーランドの元男性選手は東京五輪に参加させるべきではない。ただし、ハバード選手に非はない。問題はIOCの指針にあるわけで、早急に見直すべきだ」。

(つづく)

<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)

 国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。最新刊は19年10月に出版された『未来の大国:2030年、世界地図が塗り替わる』(祥伝社新書)。2100年までの未来年表も組み込まれており、大きな話題となっている。

(後)

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