2024年03月29日( 金 )

【球磨川水害から1年】「流水型ダム」が球磨川治水の要(後)

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環境アセスをアップデート

 6月16日には、「流水型ダム環境対策保全検討委員会」(委員長:楠田哲也・九州大学名誉教授)の初会合を開催。川辺川ダムの環境調査はすでに実施済みで、2000年に環境レポートをまとめている。同委では、過去の環境レポートをベースに、内容をアップデートする方向で議論が行われる見通しだ。同委の目的は「流水型ダムの治水機能の確保」と「事業実施にともなう環境への影響の最小化の両立を目指すこと」となっているが、平たくいえば、ダムの環境アセスをちゃんと実施していくうえで、専門家からアドバイスをもらう場だ。

 熊本県知事は20年11月、流水型ダムを容認する理由づけとして、「命と環境の両立」をスローガンに掲げた。水を貯留しないとはいえ、巨大なコンクリート構造物を設置する以上、環境への影響が出ないわけはないのだが、「環境には最大限配慮して決断しましたよ」という政治的なポーズを保つために、こう言わざるを得なかったと解される。同委の議事録に目を通すと、「知事が言ったから、やってます」感がにじみ出ていて、なかなか面白い。

五木村への支援は県の責務

 流水型ダムへの転換によって、最も影響を受けるだろうと思われるのが、水没予定地の五木村だ。というのも、以前、八ッ場ダムに水没した群馬県長野原町の佐藤修二郎・ダム担当副町長にインタビュー(I・Bまちづくりvol.33掲載)した際、こういう発言があったからだ。

 ――八ッ場ダムと何かと比較される川辺川ダムについて、どうご覧になっていますか。

 佐藤 熊本県知事が08年にダム計画を白紙撤回したのは、水没予定地である五木村ではすでに住宅などの移転がかなり進んでいたタイミングだったと承知しています。このタイミングでの白紙撤回は、あまりに無責任で、地元にとってかなり残酷なことだといわざるを得ません。もし、八ッ場ダムで川辺川ダムと同じような白紙撤回があったとすれば、地元住民から県に対する猛烈な反対運動が起きていたはずです。

 ――やはり「無責任」ですか。

 佐藤 ええ、そう思います。県知事として、ダムの犠牲になる自治体、その住民を守らないのは、おかしいと思います。

 ――ダムを白紙撤回しておきながら、後にやっぱりダムは必要だと方向転換していることについては、どうお考えですか。

 佐藤 知事が違う人に変わっていたのなら、判断が変わっても仕方ないとは思います。ただ、12年間にわたってとくに何も対策を打たなかった同じ知事が、元に戻って、しかも流水型ダムをつくるというのは、やはりおかしいといわざるを得ません。

 治水ダムの場合、受益者による負担がないので、水没する自治体の立場になってみれば、ただの「沈み損」です。まったく真逆の判断を下す知事に対して、住民の方々が本当に納得し、理解しているのかどうかが一番の気がかりです。

   ポイントは、流水型ダムには「受益者による負担(実質的には水没自治体に対する補償金)」がないと指摘のあった点だ。この辺を確認するため、五木村に取材を申し込んだが、断られた。そのため推測するしかないが、五木村は、受益者からの実質的な補償は得られないとしても、流水型ダムによる「沈み損」を事実上すでに容認しているかもしれない。熊本県知事は20年11月、五木村を訪れ、謝罪し、村振興基金を10億円上乗せする案を提示した。

 流水型ダムの建設について、これで手打ちとなった可能性はあるが、今のところ、具体的な進展は見られないのが、何とも気がかりだ。というのも、ダム水没地には現在、ダム建設中止を前提として、「渓流ヴィラITSUKI」や「五木源(ごきげん)パーク」などの施設が立地している。流水型ダムを建設する以上、これらの施設をどうするのかという議論が出てくるはずだが、まだ確認できていないからだ。

川辺川ダムの水没予定地の現況(流水型ダム環境対策検討委員会資料より)
川辺川ダムの水没予定地の現況(流水型ダム環境対策検討委員会資料より)

 五木村への対応について、川辺川ダム砂防事務所の担当者はこう話している。「まずダムの概要をまとめたうえで、それを村にしっかり説明することが大事だ。概要がまとまり次第、丁寧に説明していく。村の生活再建については、県と連携し、今後しっかり協議していく必要がある。ただ、村の振興を支援するうえで、県がはたす役割は大きい」。
 五木村に対して、県と連携するとしながらも、「重要な役割をはたすべきは県」としたことは、興味深い。五木村の生活再建をめぐっては、これまで国が中心的な役割をはたしてきた経緯があるからだ。

 振り返れば、そもそも川辺川ダム建設を言い出したのは県だった。ダムを止めたのも県だった。そして、再び流水型ダムを求めたのも県だった。球磨川の治水対策は国土交通省の所管だとしても、県が背負うべき責任、役割は重いと思われる。五木村への支援をはじめ、県として、流水型ダムをめぐる諸課題について、今後どういう対応をしていくのか。これまでのように惑わしに満ちたスローガンやきれいごとを並べるだけでは、これらを乗り越えることは難しいだろう。

(了)

【フリーランスライター・大石 恭正】

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