2024年04月20日( 土 )

【富士山大噴火、その時】噴火のリスクとその影響(5)

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京都大学レジリエンス実践ユニット
特任教授・名誉教授 鎌田 浩毅 氏

富士山噴火と南海トラフ巨大地震の連動

 連載「【富士山大噴火、その時】噴火のリスクとその影響」の最終回である第5回目では、富士山が南海トラフ巨大地震によって噴火する可能性について述べよう。

 火山の噴火は、巨大地震によって引き起こされることがある。現在、南海トラフ巨大地震と富士山噴火の連動が懸念されている。太平洋沖で発生する巨大地震に触発されて、富士山の噴火が始まるという事態だ。巨大地震と噴火というダブルショックが首都圏から東海地域を襲い、日本の政治経済を揺るがす一大事となる恐れがある。

南海トラフ巨大地震のメカニズム

 日本は世界屈指の地震国であり、近い将来「南海トラフ巨大地震」という激甚災害が予想されている。南海トラフは静岡県沖から宮崎県沖まで続く水深4,000mの海底にあるが、ここは歴史的に巨大地震が起きた場所でもある(図5-1)。

図5-1:  南海トラフ沿いに周期的に起きる巨大地震。鎌田浩毅『首都直下地震と南海トラフ』(MdN新書)による。
図5-1:南海トラフ沿いに周期的に起きる巨大地震。
鎌田浩毅『首都直下地震と南海トラフ』(MdN新書)による。

 日本列島には南方から「フィリピン海プレート」という地盤が押し寄せている。プレートとは地球表面を11枚ほどで覆いつくす厚い岩板で、1年に約4cmというゆっくりとした速度で日本列島に向けて水平移動している(鎌田浩毅著『地球の歴史』中公新書)。

 プレートは日本列島に到達すると、その下に潜り込んでゆく。このとき地下で歪みが蓄積され、100年に一度くらい巨大地震を発生させるのだ。これと同時に大津波が発生して海岸を襲ってくる。そもそも津波とは、海上で表面がうねる波とは異なり、海水が巨大な水の塊となって陸へ押し寄せる現象である。

 南海トラフの北側には3つの「地震の巣」があり、震源域と呼ばれている。それぞれ東海地震・東南海地震・南海地震を起こしてきた場所で、一部は陸地にも差しかかる。その発生時期を古地震やシミュレーション結果から予想した結果、2030年代(2035年±5年)に起きることが判明した(鎌田浩毅著『西日本大震災に備えよ』PHP新書)。

 国が行った想定では、東日本大震災を超えるマグニチュード9.1、また海岸を襲う津波の最大高は34mに達する。南海トラフは西日本の海岸に近いため、巨大津波は最も早いところでは、なんと2~3分後に襲ってくる。

 また九州から関東まで広い範囲に震度6弱以上の大揺れをもたらし、震度7を被る地域が10県にわたる。その結果、犠牲者の総数32万人、全壊する建物238万棟、津波で浸水する面積は1000km2におよぶ(鎌田浩毅著『京大人気講義 生き抜くための地震学』ちくま新書)。

 経済被害に関しては220兆円を超えると試算された。たとえば、東日本大震災の被害総額は約20兆円であるが、南海トラフ巨大地震の被害予想が10倍以上になることは確実だ。ちなみに、220兆円は政府の1年間の租税収入の4倍を超える額に当たる。

 南海トラフ巨大地震が太平洋ベルト地帯を直撃することは確実で、約6,000万人が深刻な影響を受ける。被災地域が産業経済の中心であることを考えると、東日本大震災よりも1桁大きい災害になる。

巨大地震が噴火を誘発する可能性

 過去の歴史を詳しく見ると、海域で巨大地震が発生した後、富士山が大噴火した例がある。江戸時代の1707年、マグニチュード8.6の「宝永地震」が発生した49日後に、大量のマグマが噴出した。江戸の街に数cmもの火山灰を降らせた「宝永噴火」である。

 この噴火は富士山では最大級の噴火だったが、直前の巨大地震によって誘発されたと火山学者は考えている。この事例は、「複合災害」の典型として、もっとも恐れられているものだ。宝永噴火では、人々が巨大地震による被害の復旧で忙殺されている最中に、噴火が追い打ちをかけたのである。

 一般に、M9クラスの巨大地震が発生すると、活火山の噴火を誘発することがある。地盤にかかっている力が変化した結果、マグマの動きが活発になるためだ。南海トラフ巨大地震によって噴火が誘発された最新の例が1707年に起きた宝永噴火である。具体的に何が起きたかを見てみよう。

 宝永噴火の前に太平洋沖で2つの巨大地震が起きた。まず1703年に元禄関東地震(M8.2)が発生し、南関東一円に大きな被害を与えた。直後に起きた津波による死者を合わせると1万人以上の犠牲者が出たとされる。その35日後に富士山は鳴動を開始し、4年後の1707年に宝永地震(M8.6)が発生した(図5-1)。約100年ごとに西日本を襲う南海トラフ巨大地震である。

 宝永地震の49日後に富士山は南東斜面からマグマを噴出し、江戸の街に大量の火山灰を降らせた。火山灰は2週間以上も降り続き、横浜で10cm、江戸で5cmの厚さになった。舞い上がる灰によって昼間でもうす暗くなった、という新井白石による記録(『折たく柴の記』)が残っている。

マグマの泡立ちによる噴火

 宝永噴火の原因は直前に起きた2つの巨大地震にある。一般にマグマには5パーセントほど水分が含まれている。水といっても常態の水ではなく、高温・高圧でイオン化した状態の水がマグマに溶け込んでいる。この水が泡立って気体の水蒸気になると、体積が1000倍ほど増える。

図5-2: 地震によって噴火が誘発される仕組み。鎌田浩毅『地球は火山がつくった』(岩波ジュニア新書)による。
図5-2:地震によって噴火が誘発される仕組み。
鎌田浩毅『地球は火山がつくった』(岩波ジュニア新書)による。

 マグマが最初に泡立ち始めるのは、外から何らかのきっかけが与えられた場合だ。たとえば、巨大地震によってマグマだまりの周囲に割れ目ができることで、マグマだまり内部の圧力が下がる(図5-2のa)。減圧したマグマのなかでは、水が水蒸気となって沸騰する。

 水蒸気の泡が充満すると、マグマが膨張する。するとマグマ全体の密度が下がって浮力が生じ、マグマは火道を上昇しはじめる。浅くなると圧力が下がるため、泡立ちがさらに加速されて、マグマ全体の体積が増える。

 こうして泡だらけになったマグマが、地上の火口から勢いよく噴出する(図5-2のc)。すなわち、地震によって泡立ちが始まると、噴火する方向へすべてが進行する。

 現在、富士山の地下には大量のマグマがたまっており、噴火スタンバイ状態にある。もし宝永噴火と同規模の噴火が起こると、2兆5,000億円の被害が発生すると内閣府は試算した。これは南海トラフ巨大地震が日本列島を襲った直後でもあり、災害復旧の余裕がないなかでの複合災害となることは必定だ。

 最近の富士山に噴火の兆候はないが、2030年代に予測されている南海トラフ巨大地震と同様、噴火に対する準備も怠ってはならない。詳しくは近著の『富士山噴火と南海トラフ』(ブルーバックス)と『富士山噴火 その時あなたはどうする?』(扶桑社)をご参考にしていただきたい。本連載が富士山噴火のリスクマネジメントのお役になれば幸いである。

(了)


<プロフィール>
鎌田 浩毅
(かまた・ひろき)
鎌田 浩毅 氏1955年生まれ。東京大学理学部地学科卒業。通産省を経て97年より2021年まで京都大学教授。現在、京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授・名誉教授。専門は地球科学・火山学・科学教育。科学を楽しく解説する「京大人気No.1教授」の「科学の伝道師」。週刊エコノミストに「鎌田浩毅の役に立つ地学」を連載中。著書に『富士山噴火 その時あなたはどうする?』(扶桑社)、『富士山噴火と南海トラフ』(ブルーバックス)、『首都直下地震と南海トラフ』(MdN新書)、『京大人気講義 生き抜くための地震学』『やりなおし高校地学』(ちくま新書)、『地球の歴史』『マグマの地球科学』(中公新書)、『火山噴火』(岩波新書)、『地震はなぜ起きる?』(岩波ジュニアスタートブックス)など。
URL:http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/resilience/~kamata/

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