2024年04月19日( 金 )

労働者の健康は企業の“財産” 特定機能病院としてコロナ禍で存在感~産業医大(中)

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(学)産業医科大学 学長 尾辻 豊 氏

 1978年、北九州市八幡西区に開学した「(学)産業医科大学」(英語名:University of Occupational and Environmental Health, Japan)。設立43年と歴史は浅いものの、研究論文の質の高さは世界的に評価されており、産業医学の注目度もあって医学界でも一定の地位を占めている。大学のある場所はもともと「浅川」という地名だったところ、大学を誘致した際の区画整理に合わせて“医者が生まれる丘”という意味を込めて「医生ケ丘」に改められた。地名由来の通り地域の期待も高く、北九州地区唯一の特定機能病院としてコロナ禍における最前線にも立ち続けた。「経営者にとって、労働者の健康は会社の財産でもあるはず」と語る尾辻豊学長に産業医大の今を聞いた。

コロナ禍の最前線で ~防御策をすり抜ける恐怖

 ――この2年間は日本のみならず全世界が新型コロナウイルスとの戦い一色になったかたちですが、産業医科大学病院は北九州地区の拠点病院として最前線に立っていますね。

 尾辻 北九州地区における唯一の特定機能病院として、新型コロナウイルスについては主に重症患者さんの対応にあたってきました。残念ながら昨年6月に大学病院内でクラスター(集団感染)も発生し、感染症対応の難しさを痛感しました。

 ――医療機関が新型コロナウイルスに対応する際、その難しさはどの当たりにあるのでしょうか。

(学)産業医科大学 学長 尾辻 豊 氏
(学)産業医科大学 学長 尾辻 豊 氏

 尾辻 新型コロナウイルスが感染拡大し始めた当初から、大学病院ではかなり徹底した対応をとってきました。最初は発熱などで感染が疑われる方を院内に入れないという方針をとっていたのですが、そこをすり抜けて入ってきて結果的にクラスターが発生しました。クラスター発生以降はとにかく地道かつ網羅的な対策をとり、入口段階で防ぐことをさらに徹底しています。入院患者さんについては全員にPCR検査をして、陰性であることを確認したうえで入院することにしました。たとえ救急車で搬送されてきた患者さんであっても緊急でPCR検査を行い、その結果が出るまでは入院を待ってもらう。従ってこの1年、入院した患者さんについては全員が陰性です。

 外来診療においては全員を検査することはできませんので、入口にセンサーを置いて来院者の体温を測定し、異常がある方は別室に隔離して診療しています。大学職員は今年3月くらいからワクチン接種を開始し、病院以外の職員や学生についても7月と8月に全員ワクチンを打ちました。これ以外にも徹底した対策を行い、昨年6月以降はクラスターの発生を防ぐことができました。しかし、ここまでやっても完璧ではありません。入院前の検査では陰性で症状がなかったにもかかわらず、入院後のPCR検査で陽性反応が出た方がいます。こうしたときに最も懸念されるのは職員を通して院内に感染者が広がることですが、日頃から院内感染予防を徹底しており、大規模なPCR検査も行いましたので感染が伝播することはありませんでした。

 ――福岡における医療ひっ迫度は東京や大阪ほどではなかった?

 尾辻 いえ、現場の実感としては、医療ひっ迫度がかなり高まった時期があったと思います。産業医科大学病院は大きな病院ですので重症患者さんの診療に特化していますが、とくに重症患者さんのベッドについては100%埋まることもありました。新型コロナの患者さんが入院すると、ちょっと血圧を測るという時でも看護師は別の部屋で防護服に着替えてから隔離された患者さんの部屋に行き、血圧を測り終えるとまた別室で着替えるわけです。防護服を脱ぐ際に感染する可能性が高まることがわかっていますので防護服の着脱は非常に気を遣う作業になり、時間もかかります。血圧を測るだけでこれだけの手間がかかるとなると、8割のベッドが埋まっているという状況でも院内はかなりひっ迫した状況になるわけです。ほかの病気の治療にも影響しますし、たとえばがんで手術をしたい患者さんの診療を迅速に行うことにも懸念が出てきます。

(学)産業医科大学(北九州市八幡西区) ――冬にかけて第6波が来ると予測する専門家もいます。コロナとの戦いは今後も続いていくのでしょうか。

 尾辻 私自身は感染症の専門家ではありませんので断言はできませんが、さまざまな予測を立てている専門家の方たちですら、現状(10月時点)のようにコロナ感染者が減ることを予測できませんでした。私見ではありますが、「第6波」が来るかどうかを正確に予測することはできないでしょう。今後、最も懸念されることは新たな変異株が出てくること、さらにその変異株がより強くなって感染力が増して致死率が上がるというようなことです。そうなると新たな局面に入ったといえますし、医療機関としてはさらなる危機に晒されるわけですが、実際にそうなるかどうかは誰にもわからないと思います。

 ――今回のコロナ禍のもう1つの特徴ともいえるのが、不確かな情報が非常に速いスピードで拡散してしまうことです。SNSなどが普及したことで陰謀論のようなものまでが流布されるようになり、それを根拠に「ワクチンは絶対に打たない」という方もいます。恐怖心によって合理的判断ができなくなる人間の脆(もろ)さを感じました。

 尾辻 私見ですが、人間というのは元来そうした傾向があるのではないでしょうか。新型コロナウイルスに関連することだけでなく、歴史的に見ても「事実を客観的に見て論理的に考える」ことがいかに難しいかを思い知らされる例はいくらでも見つけられますから。また、大学ではワクチンを接種した学生の率直な感想を大学の公式YouTubeチャンネルで紹介しています。接種を考えるうえでの参考にしていただければと思います。

(つづく)

【データ・マックス編集部】


<プロフィール>
尾辻 豊
(おつじ・ゆたか)
1956年生まれ、鹿児島市出身。ラ・サール高校(鹿児島市)を経て81年九州大学医学部卒、鹿児島大学第一内科研修医。ハーバード大学マサチューセッツ総合病院(95年)、鹿児島大学大学院循環器・呼吸器・代謝内科学助教授(2005年)、産業医科大学医学部第2内科学教授(06年)、産業医科大学病院病院長(17年)、産業医科大学学長(20年)。

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