2024年04月17日( 水 )

中島淳一「古典に学ぶ・乱世を生き抜く智恵」(5)

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劇団エーテル主宰・画家 中島淳一氏

 己の創作領域のみを棲家とし、その域を超えた活動には慎重になりがちな芸術家が多いなか、福岡市在住の国際的アーティスト、中島淳一氏は異色の存在である。国際的な画家として高い評価を得るだけでなく、ひとり芝居に代表される演劇、執筆活動、教育機関での講演活動などでも幅広く活躍している。
 弊社発行の経営情報誌IBでは、芸術家でありながら経営者としての手腕を発揮する中島氏のエッセイを永年「マックス経営塾」のなかで掲載してきた。膨大な読書量と深い思索によって生み出される感性豊かな言葉の数々をここに紹介していく。


 

トルストイ『3つの問い』に学ぶ~今こそその時である~

中島 淳一 氏<

中島 淳一 氏

 『3つの問い』はドストエフスキーとともに19世紀のロシア文学を代表し、大作「戦争と平和」「アンナ・カレーニナ」で世界的文豪の地位を不動のものとしたトルストイ(1828~1910)が、古い民話を改作した著名な作品である。極めてシンプルな物語ながら、現代の悩める老若男女に生きる指針を与えてくれる逸品だ。

 物事を行うのにふさわしい時はいつか。自分にとってもっとも重要な人物とは誰か。何をするのが一番大切か。

  昔、ある思慮深い王が国を治めるにあたり、事を成すにふさわしい時、誰を重んじるべきか、また何を成すのが肝要かさえわかっていれば、失敗することはないだろうと考え、国中の学者を集めて尋ねてみたが、納得のいく答えを得ることができなかった。

 そこで賢者の誉れ高き森に住む隠者に教えを請うことにした。しかし、隠者は名もなき貧しい平民しか迎え入れてはくれない。平民の装いをした王は護衛兵を森の入口に残し、馬を降りて1人で隠者の小屋を訪ねた。

 その時、隠者は小屋の前の地面を掘っていた。

 王様は側に近づき、挨拶をするとさっそく、3つの問いを投げかけた。隠者は耳を傾けて聞いてはくれたが、何も答えず、ひ弱そうな体つきで息を喘ぎながら穴を堀り続けている。王様は思い余って、隠者に替わり、鍬を手にすると穴を掘り始めた。

 時が過ぎ、太陽が木立の向こうに沈みかけた時、王様は再び、隠者に3つの問いを投げかけた。しかし、隠者はやはり何も答えてはくれない。王はたまりかねて言った。「賢者の誉高き師よ。何もお答えいただけないのであれば、はっきりとそうおっしゃってください。私は家に帰ります」。

 するとその時、王のすぐ側に髭面の男が倒れこんでくる。よく見ると、脇腹を両手で押さえ、そこから血が流れている。男はそのまま気を失ってしまう。王はきれいに傷口を洗い、止血をして、隠者の小屋に運び込み、寝台に寝かせた。王も慣れない力仕事と傷の手当てで、すっかり疲れ果て床にしゃがみこんだまま深い眠りに落ちてしまう。朝になり、目を覚ますと、髭面の男が、弱々しい声で言った。

 「お許しください。私は戦いに敗れあなたに領地を奪われ、復讐を誓った者です。あなたが1人で隠者に会っていることを知り、殺そうと森に入りましたが、運悪く私の顔を知っているあなたの護衛兵と鉢合わせになり、闘いましたが、脇腹を刺されて逃げたのです。あなたに手当てをしていただかなければきっと死んでいたでしょう。私は殺そうとしていたあなたに命を救われたのです。もしお許しくださるのなら、生涯、忠実な家臣として仕えます」。

 すると、賢者として誉れ高き森の隠者は初めて口を開いた。

 「王よ。これでわかったであろう。事を成すにふさわしい時は今しかないのだ。今こそがその時なのだ。今という時にしか、己の力をおよぼすことはできないからだ。常に重んじるべき者は側にいる人物だ。そして何を差し置いてもその者に善行を施すことだ。人はそのためにのみこの世に遣わされているのだから」。


<お問い合せ>
劇団エーテル
TEL:092-883-8249
FAX:092⁻882⁻3943
URL:http://junichi-n.jp/

<プロフィール>
nakasima中島 淳一(なかしま・じゅんいち)
 1952年、佐賀県唐津市出身。75~76年、米国ベイラー大学留学中に、英詩を書き、絵を描き始める。ホアン・ミロ国際コンクール、ル・サロン展などに入選。日仏現代美術展クリティック賞(82年)。ビブリオティック・デ・ザール賞(83年)。スペイン美術賞展優秀賞(83年)。パリ・マレ芸術文化褒賞(97年)。カンヌ国際栄誉グランプリ銀賞(2010年)。国際芸術大賞(イタリア・ベネチア)展国際金賞(10、11年)、国際特別賞(12年)など受賞多数。
 詩集「愁夢」、「ガラスの海」、英詩集「ALPHA and OMEGA」、小説「木曜日の静かな接吻」「卑弥呼」、エッセイ集「夢は本当の自分に出会う日の未来の記憶である」がある。
 86年より脚本・演出・主演の一人演劇を上演。企業をはじめ中・高校、大学での各種講演でも活躍している。福岡市在住。

 
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