2024年03月29日( 金 )

中島淳一「古典に学ぶ・乱世を生き抜く智恵」(13)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

劇団エーテル主宰・画家 中島淳一氏

 己の創作領域のみを棲家とし、その域を超えた活動には慎重になりがちな芸術家が多いなか、福岡市在住の国際的アーティスト、中島淳一氏は異色の存在である。国際的な画家として高い評価を得るだけでなく、ひとり芝居に代表される演劇、執筆活動、教育機関での講演活動などでも幅広く活躍している。
 弊社発行の経営情報誌IBでは、芸術家でありながら経営者としての手腕を発揮する中島氏のエッセイを永年「マックス経営塾」のなかで掲載してきた。膨大な読書量と深い思索によって生み出される感性豊かな言葉の数々をここに紹介していく。

レオナルド・ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』に学ぶ

中島 淳一 氏<

中島 淳一 氏

 不朽の傑作『最後の晩餐』はルネッサンスの古典絵画の完成者と称されるレオナルド・ダ・ヴィンチにより、1495~1498 年に制作された。ミラノのサンタ・マリア・デル・グラッツェ教会に現存するこの壁画は、第二次世界大戦中には村人たちによって築かれた土嚢により、爆撃から守られた。
 レオナルドは 眼に映るフォルムを通して内なるものを表現しようとした画家である。しかし、それを表現主義者のように己のなかから沸き上がってくる感情をぶつけるのではなく、自然のフォルムの美しい均衡を保ったままで、あくまでも静謐な、醒めた眼で描写し、現象の奥に潜む本質に迫ることに終始した。
 では、レオナルドは『最後の晩餐』で何を表現しようとしたのだろうか。

一番偉い者は誰か

 『最後の晩餐』は文字通り、イエスが十字架にかけられる前に弟子たちとともに最後の食事をした場面を描いた作品である。自分たちのなかで誰が一番偉いのだろうかと弟子たちが議論しているのを耳にしたイエスは言う。
 「一番偉い人は一番若い人のようになり、上に立つ人は仕える者のようになりなさい」。イエスは席から立ち上がり、たらいに水を汲んで、弟子たちの足を洗うと、再び席に着いて言った。
 「主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗いあわねばならない。はっきり、言っておく。あなたがたのうちの1人がわたしを裏切ろうとしている」。まさに、その衝撃的な場面をレオナルドは描いたのだ。

イエスとユダのモデル

 レオナルドはまずイエスの顔を描くためにモデルを捜した。困難を極めるだろうと思っていたが、ローマの教会の聖歌隊のなかにひと際光を放つ1人の若者を見出だす。神の子にふさわしい、凛として気品溢れる顔立ち、透明感のある慈愛に充ちた眼差し、まさしくイエスのイメージに合致する容姿であった。
 レオナルドは狂喜して、この若者をモデルに画面中央のイエスの顔を描き上げる。だが、数年が経っても、作品を完成させることはできなかった。ペテロ、マタイ、ヨハネなど11人の弟子たちの姿は順調に描写できたのだが、イエスを裏切るイスカリオテのユダのモデルが、どうしても見つからないのだ。
 ところが、ある日、ローマの酒場に入ると、酒に酔いしれ、恨みがましい目つきで、壁に向かって意味不明な言葉とを発している男の姿が眼に飛び込んできた。何とも異様な気を放つ男に魅せられたレオナルドはすぐにモデルの依頼をし、たちまちユダの顔を描き上げる。金を受け取る時、男は言った。
 「あなたは3年前にも私にモデルになってくれと頼みましたよね。教会の聖歌隊で歌っていた頃ですよ」。レオナルドは思いもかけないその言葉に驚愕する。その男は確かに3年前にイエスのモデルになった純粋無垢な若者だったのだ。
 無限に拡がる宇宙的な遠近法によって描かれた『最後の晩餐』は、イエスとユダという人間に内在する根源的な魂の遠近法によって創造された人類の至宝となったのである。


<お問い合せ>
劇団エーテル
TEL:092-883-8249
FAX:092⁻882⁻3943
URL:http://junichi-n.jp/

<プロフィール>
nakasima中島 淳一(なかしま・じゅんいち)
 1952年、佐賀県唐津市出身。75~76年、米国ベイラー大学留学中に、英詩を書き、絵を描き始める。ホアン・ミロ国際コンクール、ル・サロン展などに入選。日仏現代美術展クリティック賞(82年)。ビブリオティック・デ・ザール賞(83年)。スペイン美術賞展優秀賞(83年)。パリ・マレ芸術文化褒賞(97年)。カンヌ国際栄誉グランプリ銀賞(2010年)。国際芸術大賞(イタリア・ベネチア)展国際金賞(10、11年)、国際特別賞(12年)など受賞多数。
 詩集「愁夢」、「ガラスの海」、英詩集「ALPHA and OMEGA」、小説「木曜日の静かな接吻」「卑弥呼」、エッセイ集「夢は本当の自分に出会う日の未来の記憶である」がある。
 86年より脚本・演出・主演の一人演劇を上演。企業をはじめ中・高校、大学での各種講演でも活躍している。福岡市在住。

 
(12)

関連記事