2024年04月19日( 金 )

現代の日本医療に必要とされるもの(6)

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カマチグループ 会長 蒲池 真澄 氏
九大病院第一内科 教授 赤司 浩一 氏
がんと共に生き生活の質を上げる時代に
 ―─カマチグループは今後も関東圏へ回復期リハ病棟を建てていかれるそうですが、その本部がある福岡市の福岡和白病院では、オンコロジーのようながん治療に力を入れようとしています。

カマチグループ 会長 蒲池 真澄 氏

 蒲池 平均寿命はまだまだ伸びるし、医療技術も発展しています。これからはがんと診断されたうち7、8割はがんと共生しながら5~6年ぐらいは生活できるでしょう。そうなると、今後、真に患者さんのための医療を行おうというのであれば、救急医療と回復期リハでの早期社会復帰とあわせて、がん治療を行いながら、生活の質を上げられる医療にも目を向けていく必要がある。そう思ったから始めたのです。

 赤司 かつては、がんは宣告されると、患者さんを動揺させることが多かったためでしょうか、なかなか告知しにくい面がありました。今は生存率が少しずつ、いろいろな形で上がってきていることもあり、きちんと告知できる社会になりました。薬もさまざまなものが出ていますから、それらを積み上げていけば、延命期間も伸びます。

 ─―高齢者の看取りを病院外に託すようになりつつある今、医療が目指すべき延命の使命は、そのあたりにあるのかもしれませんね。

 赤司 ええ。そうなると「がんに罹っていらっしゃいますが、10年は現在の生活を維持できます」などと、希望を与えるような告知もできるようになります。その言葉には余命という絶望感を覚える言葉ではなく、「与えられた人生をどう豊かに生きるのか」という人生哲学、死をもって生を見るという考え方に近いものが込められています。患者さんの生きる意欲、生活の質も随分と高まるはずです。

 ─―しかし新薬の値段は高騰しています。

 赤司 新薬開発競争は激しくなっていますが、糖尿病などの慢性疾患も含め、ある程度新薬が市場に出尽くしてしまえば、今度はセレクトされていく時期に入るのではないでしょうか。今はちょうどその過渡期にあるため、いろいろな要素が絡み合っていますが、将来、バランスが取れる時期が来る可能性もあります。

 ─―医療費はどうなるのでしょう。

 赤司 日本はアメリカと比べると、医療スタッフの人件費が低いので、皆保険が成り立っているという気がします。問題は、日本の医師は腕が良くてもそれに見合う報酬が受けられないことです。アメリカは医療者としての腕を看板にして顧客を確保し、言値で報酬を得ることも可能です。だが日本では、どんなに有能でも同じ診療報酬しか望めません。
傲慢な医師はどこの国でも否定される
 蒲池 アメリカには年収100万ドル得られる研究者や医師は、どれぐらいいるのですか。

 赤司 研究者で100万ドルというのは、いないのではないかと思います。臨床医にしても、大学病院に籍があって100万ドル、というのはいないでしょう。個人クリニックであれば、います。プライベート治療もできるし、年間契約を言い値でつけることもできますから。また自分で治療をせず、トップクラスの医師を紹介するだけの医師もいます。アメリカには自分の空いた時間に短時間の診療をして、言値で治療費をもらう医師もいます。病院では通常予約が入っている患者さんしか診ません。決められた診療時間をきっちり守って予定の患者さんの診療をこなす、というのが普通です。

 蒲池 私がNYで付き合っている医師は、いつも私との約束に30分前には来るのに、その日は休日であったにも関わらずギリギリに現れたので理由を聞くと、看護師から頼まれてその看護師の母親に腹腔的胆のう摘出術(ラパコレ)を施してきたとのこと。午後も頼まれて診療。それぞれ治療費は4,000ドルぐらいでしょう。次の朝、朝食を一緒にと思って訪ねていくと、この60代後半の外科医は昨夜パーティが終わった後から門脈血栓除去術という難易度の高い手術をし、もう少し寝たいというので起こさないでほしいと奥さんから頼まれました。多分これは1万ドルぐらいでしょう。

 赤司 つまり一般診療外で治療が必要な際は、医師の裁量で自由な診察が可能ということですね。

 蒲池 しかしその一方で、学歴も立派で腕も良いのに、10万ドルしか収入がない医師もいます。周囲の人間に訊くと、患者に対してはとても優しいのですが、どうも看護師に対して傲慢らしいですね。それですっかり看護師からの信用を失ってしまったようです。
 たとえばその医師をX医師としましょう。看護師が患者に「あなたの担当医はX医師だ」と告げに行き、患者から「X医師はどんな先生ですか」と問われたとします。すると看護師は肩を竦めてみせるだけ。「悪い」とは言いませんが、良いとも言わない。言葉を使わず態度で評価していないことを示すのです。一方、「では赤司先生はどんな先生ですか」と訊いたとします。すると看護師は満面の笑顔で「He’s Great」と呟いてそのまま仕事を続けます。看護師の態度で両医師の差が一目瞭然でしょう?こうして、その後患者はX医師の診療を受けたいとは思わなくなり、収入に100万ドルの差がついてしまうのです。

 ─―どこの国でも、傲慢というのは否定されるものですね。

 蒲池 しかしあまりにもアメリカナイズされた医療従事者は、日本人でも日本の医療界にはなじみにくいようです。訴訟社会での勝ち抜きや敗者復活戦が頻発するアメリカで抜きん出た活躍をしてきた人たちですから、刺激があれば感心するほどの力を発揮してくれます。しかし平穏時にはパワーが有り余って、トラブルばかり起こしてしまうのです。言ってみれば平穏無事を望む日本人のやり方に合わせることができないのでしょう。

 赤司 そういう人たちは、日本での社会人経験が短いのでは?私もかなり長期間アメリカに留学していましたが、日本の病院である程度経験を積んでから渡りましたからね。戻って来てもまったく違和感はありませんよ。

 蒲池 まあ、その代わり、彼らは闘うことにかけては非常に腕が良く頼りがいがありましたね。また新しい分野を興すのも上手かった。このようなスタッフも含め、人材は大切です。当グループは医師からセラピスト、事務職などへ給料を一日総額1億円払っています。平均すると1人一日1万円、人件費が占める割合は急性期で人件費は45%、回復期は55%です。頭と技術と心で治しますから、前にも述べたように薬は最小限にしたいと思っています。
 しかし私も昭和56年から58年までは赤字を出したこともあるのですよ。医師会にも入っていませんでしたから、銀行も冷たいものでした。しかし関東に進出してからは、右肩上がりとなりました。
(つづく)
【聞き手・文:黒岩 理恵子】

 

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