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談合のドンたちの肖像 [4]
 
「談合の帝王」と呼ばれた平島栄


◆ 談合破り事件

 関西の公共工事は田中角栄元首相の利権だったが、ロッキード事件後は、その利権は自民党建設族の玉置和郎代議士が継承した。玉置氏の死後、金丸信氏が利権を受け継ぎ、ゼネコンから上納金を集めた。金丸氏が平島氏の新しい後ろ盾となった。

 ゼネコン汚職が火を噴く直前の93年2月、平島氏は大林組を退社して、西松建設の相談役に就任した。談合組織の「帝王」の突然の転身は話題をさらった。
 「暴力団への上納金をめぐり、会社と対立した」のが退社した理由とされた。平島氏が西松建設に移る際に、金丸氏が口利きしたのは有名な話だ。金丸氏は長男の嫁を西松建設の一族から迎えており、姻戚関係にあった。

 西松建設に移っても「談合の帝王」として君臨した。だが、凋落する事件が起きた。

 発端は1995年に起きた阪神大震災の復旧工事だった。その年の12月、神戸港の岸壁復旧工事の入札が行われた。談合で落札予定者となるチャンピオン(本命)は平島氏の西松建設に決まった。ところが、1回目の入札で、東京のマリコン・佐伯建設工業が超安値の札を入れ、工事をかっさらった。
 「談合破りだ」と激怒した平島氏は翌96年1月、佐伯建設工業の社長を大阪に呼び出した。
「この責任は、どないするんや。関西の工事から手を引け」
 平島氏のものすごい剣幕に、社長は辞任に追い込まれた。

 談合破りのペナルティに社長の首を取った平島氏の荒業に、大手ゼネコン首脳たちは激怒。大手ゼネコンが「平島追い落とし」で結集するきっかけになった。

◆ 平島外しのクーデター

 阪神大震災から2年目の97年1月17日、鹿島、大成建設、大林組など大手25社の「業務担当役員」が大阪のホテルに集まり、新談合組織を旗揚げした。「平島外し」を狙ったクーデターである。

 平島氏は反撃に出た。大手ゼネコン6社のトップに、東京のホテルに集まるよう呼びかけたが、ゼネコンのトップたちは招聘に応じなかった。ゼネコンの「平島外し」が本気であると悟った平島氏は、最後の攻撃に出た。同年2月、平島氏は談合資料を公正取引委員会に持ち込んだのだ。「談合の帝王」の告発に業界はパニックに襲われた。

 最初は、自分を追い落とそうとした大手ゼネコンへの牽制のつもりだったが、反響のあまりの大きさに戸惑った平島氏は、2週間もしないうちに告発書を取り下げた。平島氏の完敗である。

 大物政治家が後ろ盾になっている時代には、スーパーゼネコンといえども平島氏に逆らうことができなかった。田中角栄、玉置和郎、金丸信も今やなく、平島氏は完全に後ろ盾を失った。だから、スーパーゼネコンは平島氏を一気に葬り去ることができた。日本で最強の結束を誇る関西談合組織の頂点にいた男は失脚した。

 そのとき、「平島外し」の新談合組織を立ち上げた中心人物が、平島氏がかつて常務をしていた大林組の日沖九功氏だ。今回、和歌山の談合事件で摘発された「総元締」と呼ばれる人物だ。平島氏の追い落としに成功した日沖氏は、関西の土木業界の談合を仕切る「総元締」に座った。談合は「三国志」さながらの世界なのである。

 だが、「大物仕切り屋」が次々と舞台を去り、談合の世界は一変した。大物政治家を後ろ盾に談合を仕切る時代ではなくなった。
 いまや、天下りしてきた官庁OBが談合を仕切る「官製談合」の全盛時代である。




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