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親和銀行の元凶はここにある!
 

九州親和HDが消滅に追い込まれた発端は親和銀行元頭取の特別背任事件だった!

 九州親和ホールディングス(HD)=長崎県佐世保市、荒木隆繁社長=が傘下の親和銀行をふくおかフィナンシャルグループ(FD)=福岡市、谷正明会長兼社長=に売却し、清算を決めた。

 振り返れば、九州親和HDの転落は旧親和銀行の特別背任事件に端を発する。1998年5月、親和銀行の辻田徹・元頭取らが商法違反(特別背任)で逮捕された。93年7月から95年6月に実行された暴力団絡みの不正融資事件である。この事件の後遺症は大きく、自力再建断念に追い込まれた。


◆ スキャンダルもみ消しを暴力団に依頼

 きっかけは辻田頭取の女性スキャンダルだった。ホテルでブラジル人女性と一夜を共にしたシーンが隠し撮りされた。

 背景には辻田頭取と専務の確執があった。大口融資先との癒着を追及されていた長崎地区責任者の専務が、長崎市の山口組系暴力団と組んで辻田追い落としを画策したと噂された。このスキャンダルをネタに右翼団体による街宣が始まり、福岡市の山口組系暴力団員である総会屋から融資を求められるようになった。

 辻田は親交のあった佐世保市出身の宝石・化粧品販売会社経営の副島義正に対応を頼んだ。副島はかねて面識のあった関西の暴力団酒梅組内金山組組長の金山耕三朗こと金在鶴に収拾を依頼した。
 金山は長崎市の山口組系暴力団、福岡市の総会屋に話しをつけて収拾。渡した金は親和の融資先である長崎市の建設会社が用立てた。

 スキャンダルをもみ消した謝礼を金山に支払うにあたり、迂回融資の受け皿としたのが、副島が経営する化粧品販売会社の宝山と宝石販売会社のエフアール(店頭公開企業)である。エフアール社長の鈴木道彦は、融資の見返りを条件に、迂回融資の受け皿になることを引き受けた。

 バブルの時代に地上げをしていた金山は、宝山に開発の見込みがない千葉県長束町の山林を売却したり、大阪の土地を売却したりして、資金を吸い上げていった。その資金はまったく価値がない山林を担保に親和が出した。

 エフアールはペーパーカンパニー、ワイ・エス・ベルを設立。模造宝石を担保に親和より融資を受けた。一部が宝山に還流し、金山に流れた。仲介役を果した副島はエフアールの第三者割当増資を引き受け、エフアールの中枢に入り込み、親和から巨額の資金を引き出していったのである。


◆ 暴力団を押さえるためにもっと大きな暴力団に頼む

 暴力団が一度喰らいついた金ヅルを手放すわけはない。金山は再三にわたり融資を求めた。エフアールや副島にもカネを要求した。暴力団組長からの要求を断わるのは困難と考えた辻田は、副島の進言を受け入れて「金山切り」に踏み切る。

 副島は、山口組系中野会の大物幹部に「金山切り」を依頼した。手切れ金5億円は、ワイ・エス・ベルを迂回して貸し付けられた。

 金山は、金山組事務所で、手切れ金を持参した中野会幹部から、今後、親和銀行との接触をやめるように言われた。酒梅組では太刀打ちできない中野会が出現したため、金山は現金を受け取ることなく、親和銀行から手を引いた。

 「金山切り」に踏み切る際に、副島がエフアールの監査役に招いたのが弁護士の田中森一である。田中は親和銀行の顧問弁護士にも就いた。長崎県の銀行に東京の警視庁があえて手をつけたのは、田中森一弁護士という大物の「ヤメ検」(元検事)を最終ターゲットにしていたためだ。


◆ 断念した田中森一弁護士の立件

 田中森一は、長崎県平戸市で、白米を食べるのは正月とお盆だけという貧しい家庭に生まれた。苦学して岡山大学法学部に進み、司法試験に合格、検事に任官。大阪と東京の地検特捜部で辣腕を振るった。福岡県苅田町で発生した住民税流用事件で、現職代議士に収賄の疑いをもった時、捜査を外されたことに立腹して退官した。
 87年弁護士に転じ、ヤミ社会の紳士たちの弁護を一手に引き受ける“裏社会の代理人”として悪名を轟かせた。

 田中の「大阪経済法律事務所」は、アイチの森下安道、丸益産業の種子田益夫、イトマン事件の伊藤寿永光、仕手筋の小谷光浩、住専からの借金王・末野興産の末野謙一、北海道拓殖銀行を喰い潰したECCの中岡信栄、日本長期信用銀行を喰ったEIEの高橋治則などの“駆け込み寺”となった。

 指定暴力団山口組のNo.2で後に射殺されることになる宅見組組長宅見勝の顧問弁護士でもあり、イトマン・住友銀行事件の許永中の法律の指南役でもあった。宅見組長に続いて許とコンビを組むことになった田中を、検察を許しておけなかった。

 田中森一の登場は、親和銀行の利権が酒梅組から山口組の中枢に移ったことを意味した。事態を重視した捜査当局は、二課捜査員の3分の2にあたる100名を導入したが結局、田中の立件を断念した。

 田中が背任事件の構図の中にいたことは確かだが、山口組に強いという“顔”を生かして、他の暴力団が親和に食い込むのを防ぐという役割を担っていた。「不正融資に関与したわけではない」という田中の主張を崩すことはできなかった。

 「金山切り」に動いた中野会の大物幹部は、山口組の宅見勝若頭射殺事件に絡んで、韓国で変死したため、捜査当局は立件を見送った。特別背任で立件されたのは、金山、副島、エフアールに支払われたもみ消しの謝礼金65億円だけで、実際の不正融資は146億円にのぼっていた。

 東京地検特捜部が執念を燃やした田中森一を逮捕したのは、2000年3月の石橋産業をめぐる180億円の手形詐欺事件。親和銀行の不正融資事件で商法の特別背任罪で懲役3年6月の実刑が確定した辻田徹元頭取は収監先の刑務所で03年11月、脳梗塞のため死亡した。享年76歳。

 暴力団への不正融資事件で、親和銀行は金融庁に首根っこを握られた。公的資金300億円と不良債権を抱える九州銀行の救済を押し付けられ、九州親和HDとして再スタートしたが、公的資金を返済できなかった。公的資金は一般株主が負担して、清算へと追い込まれた。その発端となったのが、「頭取の犯罪」だった。




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