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積水ハウスの興亡史 (4)
 

── まだ時間は残されている ──


◆ 背水の陣

 田鍋が最初に手がけたのは社名の変更だった。

 赤字も募りこの会社は解散するのでは?との噂も広がり、社員のやる気は乏しく、意欲も失っていた。何とか士気を高めなくてはならない、と考え、積水ハウス産業の「産業」はプレハブ住宅を建てる建設業にはふさわしくない、商社のような社名は不適当として産業をとり、積水ハウスとした。
 社長が変わり、社名も変えるということで、社内の雰囲気を変えようしたのだった。

 次に手がけたのが出向社員の移籍だった。当時の積水ハウスは、積水化学からの出向社員主体で構成されていた。出向社員は、倒産しても親会社に帰れるという気持ちがあるため士気は上がらない。そこで、田鍋は社員一人一人と面談し、
「私はここの船長だ。この船と運命を共にする覚悟だ。私を信用できないなら、すぐ、積水化学に帰っていい、私についてくるなら、積水化学に辞表を出し、退職金をもらってきてほしい」
 と説得。結果的に全員が積水化学からの移籍に同意したのだった。

 田鍋は感激、そして責任の重さをずしりと感じた。田鍋はこのとき、
「どんな苦しいことがあっても親会社に助けを求めず、自主独立を貫こうと決心した」
 と述懐していた。
 そして、この社員との信頼関係が、田鍋の口癖だった「会社は運命共同体」の持論にますます確信を持たせたのであった。この持論が会社は使用者と労働者の関係でなく、労、労だとの持論にもなっていった。

 続いて田鍋は、直販制度の導入を手掛ける。
 当時のプレハブ住宅メーカーは代理店販売をしていた。お客さんに売り込むのも、施工するのも、代理店任せだった。
 田鍋は、高額商品であり、生活の拠点である住宅という大切な商品を他人任せに出来ないと考えた。田鍋の経営理念にそぐわない。積水ハウスの社員が直接販売、直接監督施工する、責任施工方式にしたのである。直販制度を取り入れ、全員営業の方針の下、業績は着実に伸びていった。

 やがて、直販制も軌道に乗り、営業は正に夜打ち朝がけの毎日だった。会社の基礎も固まり、売り上げも倍々ゲームのごとく伸び、10周年を迎えるとき、念願の上場を果たすことになるのだった。

 直販方式の積水ハウスでの成功を見てプレハブメーカー各社も、その後、直販方式に変わっていったのである。
(文中敬称略)

(野口孫子)


(つづく)




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