手代への道はとても厳しく、順番もあって年功と能力の両方が問われることになるが、昇進を果たせば月給制となり給料を受け取ることができるようになる。男としても一人前と見られ元服して羽織袴の着用が許される。一般的に手代の期間は長く３０歳くらいまで勤める。その中から店を切り盛りする番頭に出世するものが出てくる。番頭になれない手代は「暖簾分け」によって独立させる。退職金は「暖簾」である。独立した「お店」には本店から品物を卸すので有力な得意先になる可能性が高い。世代交代も自然発生的に行われ人事に淀みが起こらない。

　番頭になると責任も権限も一挙に大きくなる。結婚して一家を持つことも許され自宅からの通勤も可能となる。越後屋は店売りがメインなので、店頭で来客の要望を巧みに吸い上げ商売に結び付ける販売力が要求される。その要（かなめ）の役割が番頭である。長い間、場数を踏んで商売のノウハウを身につけている番頭はお客さんの信用も厚く概して有能である。さらに、その中から極めて優秀で刻苦勉励したものには「別家」が許される。「別家」とは従業員の立場で「越後屋」の屋号を使って独立することである。本店の方針は「江戸以外での開業」が条件だった。「別家」が本店の地域競合店になることを防ぐとともに、コストをかけずに未開拓地域へのグループ進出を意図するものである。別家する方は、「越後屋」の名前で故郷に錦を飾ることを究極の希望とした。最後まで勤め上げて別家しない人は、三井の隣の墓地に葬られた。

　三井家は質実剛健の家風で商売も堅実だった。高利は、「昼夜商の道に油断なく工夫致し候へば、その規模一日一日に、商売の工面よくなり候、これ楽しみの第一なり」として、子息や店員に勤勉の徳を説いている。高利は手代に昇進し給料を手にするようになった者に対し、「金銭は主人に預け利子をつけるようにして、もし自分で持つものは暇を出せ。衣類は木綿着物に限り、それも人目に目立たぬように」と書面にして署名させるほどだった。無駄使いが悪事に結びつくことを避けるとともに、店員に蓄財の大切さを教え込もうとするものであった。そして商いと節約は表裏一体のもので、「一銭の支出もこれを慎むべし」と浪費を戒めている。

　彼は店則として次のような項目を決めていた。「一、公儀の御法度（法律）を厳守すること。一、勝負事は一切しないこと。一、喧嘩はせぬこと、一、喧嘩好きは商売の妨げゆえ暇を出すこと。一、遊女に深入りせず、悪友と交わらないこと。一、自分勝手な掛売りはしないこと。一、木綿物以外を身につけないこと。」このように厳しい規則を定める反面として、吉原などで夜遊びしないように夜は娯楽を提供し、月ごとにさまざまな娯楽を提供するなど、店員に対する待遇も実にきめ細かいものであった。

　高利は、仕事が最大の楽しみで、かりそめにも仕事が苦しいなどと言うのはもってのほかの考え違いだとして子息や店員たちを指導した。草創期の高利の思想は後継者たちに引き継がれ、高利以後も三井家は、両替商こそ営んでいたが、新田開発や買い置きなどの投機を戒め、幕府御用も敬遠しがちで、ひたすら店頭客のサービスに努めた。顧客第一主義とそれを支える勤労精神は、日本的経営の良き伝統である。

小宮　徹／公認会計士
（株）オリオン会計社　http://www.orionnet.jp/

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