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特別取材

佐賀新聞社 原発マネーに汚染された『伝統』(2)~綻び
特別取材
2011年9月30日 10:44

<新聞社の先駆者的存在>
 「佐賀新聞」は、我が国新聞社の先駆者的な存在として著名である。1968(昭和43年)年3月、日本の日刊新聞で初めて鉛文字を廃し、電算写植制作システム(CTS=COLD TYPE SYSTEM)を導入。翌年69年(昭和44年)9月に全国初の全面CTS化で日本新聞協会賞を受賞。CTSの導入は、62年(昭和37年)5月の本社社屋火災時に活字台を数多く損失し、再製造しなければならなかったことがきっかけ。都昭氏の長男で当時役員であった清澄氏が「活字を使わない新聞制作の方法を考えないか」というひと言からスタートした。
 佐賀新聞のカラー紙面の歴史は30年を超え、新聞業界でも先駆的な役割として知られる。2001年(平成13年)12月 タワー型輪転機を導入。カラー16ページ、40ページ建てとなった。これは一地方紙としては画期的な技術力である。

 新聞社としてIT事業の先駆けでもある。1996年(平成8年)4月に新聞社としては全国初のインターネットサービスプロバイダ(ISP)事業をスタートさせている。2000年(平成12年)からは長崎新聞を発行する長崎新聞社と共同で「佐賀新聞・長崎新聞インターネット(SNI)」の名称で事業を展開。佐賀新聞の本社ビル内には情報通信研究機構(NICT)が運用する研究用次世代ネットワークJGN2 (Japan Gigabit Network 2)のNOCも設置されており、充実したネットワーク環境を保有。1997年からは、佐賀新聞社のウェブページで94年(平成6年)以降の記事データベースを無料公開している。

 2009年(平成21年)5月には動画共有サイトYouTubeと提携し、独自に制作したニュース番組「佐賀新聞 テレビ夕刊・デイリー版」を視聴できる公式チャンネルを開設した。地方紙としては初めての試みであった。人材面においても、2000年8月に、アメリカ合衆国出身の記者・コラムニスト、エドワード・クランドール(Edward P. Crandall) が入社。地方新聞社が外国人の記者を雇うのは全国初。以上のように「佐賀新聞」は、技術、IT、そしてマネジメントにおいて我が国新聞社の先駆者的存在として名を馳せていた。

<差別発言問題>
 その一方で、『中尾清一郎氏の部落差別発言』が問題になった。1997年、佐賀空港開発のシンポジウムの席上で、福岡と佐賀を対比した例えとして「福岡が士農工商の商であるならば、佐賀は"えた、ひにん"」と表現。中尾清一郎社長のこの発言は、人権感覚を無視したとして問題視された。現在も佐賀新聞社労働組合は、人権のあり方を考える機会として「市民対話集会」を実施するなど、中尾清一郎社長部落差別発言の傷跡が残っている。

(つづく)

【河原 清明】

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<COMPANY INFORMATION>
(株)佐賀新聞社
代 表:中尾 清一郎
所在地:佐賀市天神3丁目2番23号
創業:1884年1月
資本金:3,000万円
売上高:(10/3)49億7,700万円

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