最近、経営や政治の世界で注目されている「物語力」という言葉がある。リーダーは論理力や決断力に優れているだけではだめで、夢を語る力がなければならない。「ロジカル・シンキング」の落とし穴は、人間というものは純粋にロジカルでなく、感情を持った非ロジカルな存在であるということだ。たしかに、わかりやすいのだが、それだけでは相手を納得させることはできない。ならば物語をどう作り、どう経営に生かしたらいいのか、「物語マーケティング」の第一人者岩佐倫太郎氏に聞いた。
<新しいヴィジョン(物語)が必要!>
――会社の名前が「ものがたり創造研究所」となっています。会社を設立されたのは2003年とお聞きしましたが、ずいぶん早くから「ものがたり」という言葉をお使いですね。
岩佐倫太郎代表(以下、岩佐) 「物語力」は、今日やっと市民権を得たと言えます。2003年の時点では、名刺を出すと「童話作家さんですか?」とよく言われました。しかし、最近では「物語、ああ大事ですね」とか「いい会社名ですね」と言って頂けます。
――市民権を得るまでに10年かかりました。市民権を得た大きな理由は何であるとお考えですか。
岩佐 「物語力」が急浮上したのは企業の経営環境が行き詰ったことが原因だと思います。右肩上がりの時代は、財務・経理的なことを言っておればよかったのですが、特に2008年のリーマンショックを境に、企業も自治体なども抜本的な変革を迫られることになりました。創造と破壊です。新しい方向に組織をまとめていくために経営者は新しいヴィジョン(物語)語る必要があったわけです。それも太くて一筆書きの雄渾なヴィジョンです。社員やユーザーが共有できる物語でなくてはなりません。物語はそういう意味で、目的地がはっきりしていて、全員が乗り込んで漕げる船のようなものです。
――岩佐さんと「物語力」との出会いはいつ頃のことになりますか。
岩佐 私が博覧会やトヨタのショールーム、国体など大きなプロジェクトを担当し、大部隊を率いるようになった時に、その大切さに気づきました。大人数を引率していくには、全員がまとまることができる物語が必要だったのです。自分が生み出した言葉による物語が、人を動かし、人をまとめることができるというのは、感動的な経験でした。このことは、私が大学で文学を学びコピーライターであったことも影響しているのかも知れません。
最初の経験は1980年代のとても古い話ですが、「ジバンシー30周年記念のファッションショー」のディレクションをした時のことです。東京・大阪でオードリー・ヘプパーンを招聘して行なったビッグ・イベントでした。
この時、私はジバンシーの"威厳がある"と言われる美の本質が、キリスト教徒としての神への祈りであることに気づき、「美は時の流れを超えて」という物語を考え、それをポスターのキーワードにしました。不朽の美をたたえ、美の記憶を歴史に残そうとしたわけです。このポスターを見た途端、「なぜ、このファッションショーを行なうのか」を関係者全員が理解し現場が一気に1つになりました。この時が「物語のマネージメント力」と私との最初の出会いです。
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<プロフィール>
岩佐 倫太郎(いわさ りんたろう)
京都大学文学部(フランス文学専攻)卒業後、株式会社大広入社。広告制作、イベント、博物館・博覧会のプランナー・プロデューサーを経て、2003年独立、株式会社ものがたり創造研究所設立。ジャパンエキスポ大賞優秀賞他受賞歴多数。
「地球をセーリング」(加山雄三)他作詞、「ウィンドサーフィン・レーシング・テクニック」他翻訳、「ニュージーランド・ヨット紀行」他執筆と多才に活躍中。美術と建築のメルマガ「岩佐倫太郎ニューズレター」を4年で100号近く発行。絵の独自の見方と表現に多くのファンを持つ。近刊として「東京の名画散歩 ~絵の見方・美術館の巡り方」(舵社)。
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