<「和食」に先祖返りは可能か!>
――日本では、「食の欧米化」(肉食)が進み、成人病が蔓延していく傾向にあります。「和食」に先祖がえりはできるのでしょうか。
永山 肉も悪いわけではありません。アミノ酸バランスはとても良く、タンパク質の優劣を決めるプロテイン・スコアも100で完璧です。
さかのぼれば、6世紀の仏教伝来の影響で、慈悲の心から日本人は肉食を止め、魚介類は摂るが肉の代替食として大豆を選択し、この肉食忌避は明治時代直前まで続きました。その間ですが、日本人の健康状態は良くはなっても、悪くなったという記録はありません。
この観点から言えば、大豆だけでも充分に健康は維持できます。しかし、大豆と肉と違う点がいくつかあります。例えば、トリプトファンというアミノ酸が肉には大量に含まれています。トリプトファンは、必須アミノ酸の為、体のなかでは合成されませんので、食べ物を通して摂取する以外ありません。
トリプトファンは脳のなかにあるセレトニンの原料です。セレトニンは"幸せホルモン"と呼ばれ、これが不足すると、ネガティブな考え方になります。そしてこの症状が続くと、ウツになりやすいと言われています。
日本人の場合、子供のころは、家族と同じものを食べます。肉も食べますが、どちらかと言いますと、「和食」系のものが多いのです。だんだん成長して社会人になると、様々なエネルギーや能力を使うことになり、本能的に肉も食べたくなります。その本能に応じて、肉を食べることは間違っていないと思います。ただし、肉には多く脂肪が含まれています。これは、活動している時に食べる場合は良いのですが、新陳代謝能力が低下する中年以降になって食べると、その脂肪が皮下脂肪、内臓脂肪となり蓄積します。
ところが、日本人の場合は、多くは、その頃になると本能的に肉よりさしみ、焼き魚が食べたくなります。先祖がえりするのです。子どものころに「和食」中心の食生活をした経験があるからです。
外国人は生まれた時からずっとステーキなど肉食生活ですので、60歳になっても、70歳になってもステーキを食べ続けることになります。私は、よく海外講演に呼ばれるのですが、ニューヨークで、中年以降の人でも草鞋のようなステーキを食べていることに驚きました。当然、健康によくありません。そして、その彼らが今気づき、もっとシンプルなものを食べることを心がけ始めました。そこで「和食」が注目されているのです。
今、日本の「食育」に一つ大きな問題点があります。現在の子どもたちは最初からハンバーガーなど肉食で育っています。欧米人以上に肉食に慣れた方も少なくありません。そこで、中年以降になっても、健康に良い「和食」に先祖がえりできなくなってしまうのではないかと危惧しています。日本民族の危機なのです。
しかし、「和食」およびその文化が「世界無形文化遺産」に認定される今年は日本人が目を覚まし、食生活を抜本的に改革するビッグチャンスです。外国人観光客も増えます。
「和食の魅力とは何ですか」、「あなたは今日どんな和食を食べましたか」、「どこで和食が食べられますか」などの問い掛けに満足な答えができなければ日本民族の恥です。同時に、自分の子どもに何を食べさせれば一番良いのかを両親も真剣に考える契機にしなければいけません。出生率1.39の日本では、あなたの子どもがかけがえのない存在だからです。
<プロフィール>
永山 久夫 (ながやま ひさお)
1932年、福島県生まれ。食文化史研究家。長寿食研究所所長。西武文理大学客員教授(和食文化史)。古代から明治時代までの食事復元の第一人者。長寿の食生活を長年にわたって調査研究している。TV、ラジオ等出演多数、講演実績も多数で、その招聘先は日本に留まらず、ヨーロッパ、アメリカ等にまで及ぶ。著書に、「なぜ和食は世界一なのか」、「日本古代食辞典」、「長寿村の100歳食」、「日本人は何を食べてきたのか」、「武士のメシ」ほか多数。
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