九州旅客鉄道（株）（JR九州）

＜注目を集めるななつ星in九州＞
　どのようにすれば鉄道を使ってもらえるのか――。その回答の１つが、観光列車にあるように感じられる。

　2011年、とんでもない列車の建造、運用計画が発表された。クルーズトレインと仮称されたそのプロジェクトは、13年10月にその全貌が発表された。クルーズトレイン「ななつ星in九州」である。寝台車と食堂車、ラウンジ車で構成された車両は、そのすべてに一点の隙もないほどの贅と美を織り込んでいる。プロジェクトにかかった費用は30億円とも言われ、車両などの優雅さだけではなく、車内のサービスや食事なども超一流をそろえ、乗った人に忘れられない感激を与えるほどの仕上がりとなっている。

　これは実は大きな、日本列車史上に残る大規模オプション戦略と言われるようになる可能性を秘めている。というのが、日本人の列車に対する意識は「移動するための手段」としての認識が非常に高く、従ってこれまでの列車では（とくに国鉄時代は）快適性・居住性はそこそこに、新幹線のようなスピードへの挑戦、製造価格への挑戦、ダイヤの美しさを磨くといった部分に注力してきたように思えるからだ。
　舞台芸術家で作家の妹尾河童氏が著した「河童が覗いたニッポン」（新潮社文庫）では1978年にホテルとして売却され、日本にやってきたオリエント急行のレポートがなされている。そのなかでオリエント急行（ワゴンリー社製）と日本のブルートレインとの非常に緻密な対比が絵入りでなされているのだが、そのなかでも際立つのが、その居住性のコントラストである。一例を同書から挙げさせていただくと、寝台車のソファベッドの座面の幅（短辺の方。横になったときの肩幅に当たる長さ）。オリエント急行はソファのときは65cm、ベッドのときは80cmとってあると記述されているのだが、日本の特急寝台車ブルートレインは寝台の幅は56cm。ただ機能性のみを詰め込んだような列車だったという。妹尾氏が国鉄に問い合わせると「"居住性"や、とくにゆとりについては、恥ずかしい限りで」との返答が帰ってきたという。これが日本の、列車に対するイメージの実像だろうと思われるのである。
　そこから30数年が経過したのだが、実際のところ、ここまで豪華な車両というのが製造されたのは初めてのことだ。後世の評価を待たなくてはならないが、もしかすると世界的にも例を見ないほどの近代的で豪華な列車の誕生となるのかもしれない。

　ただし、国鉄分割民営化の壁というか、これが九州内だけでとどまっていることは、少しだけ残念と言わざるを得ない。超豪華列車で日本一周をする、といったら、もっと面白い企画になったかもしれない。オリエント急行は大陸を優雅に横断するところに移動と旅程の楽しみの両立があったように思われるからだ。オリエント急行はパリからミュンヘンなどを通って、イスタンブールまで90時間かけて行ったらしい。欧州から中東という目的に、移動を楽しむという目的を付加して、その相乗効果こそが伝説的に語られる由来となっているのではなかろうか。「ななつ星in九州」が、「満天の星in日本」になってくれたら、あるいは世界に名だたる歴史的な列車となるかもしれない。とはいえ、ななつ星はそういった妄想まで掻き立ててくれる、素晴らしい列車であることには違いない。

　現段階で「ななつ星in九州」は今年11月までの予約が埋まってしまっているという。決して安い旅行ではない。最低でも１人当たり40万円弱（38万円～55万円。３泊４日）という、海外旅行にも匹敵する価格だ。それにもかかわらず、キャンセル待ちが続出している。見えなかったが、確実にあるだろう市場を察して投資したJR九州の先見性は素晴らしい。
　「ななつ星in九州」の意義は、これまでの「列車は移動する手段」という思想とはまったく異なる、「移動することが目的」という価値観を創出したことになるのではなかろうか。観光列車というものに力を注いできたJR九州の、１つの集大成と言ってもいいだろう。

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＜COMPANY INFORMATION＞
九州旅客鉄道（株）（JR九州）
代　表：唐池　恒二
所在地：福岡市博多区博多駅前3-25-21
設　立：1987年４月
資本金：160億円

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