松尾ほのぼの農園 代表 松尾 靖子
2005年、食育基本法という法律が施行されました。食育とは健全な食生活を送ることができる人を育成するという意味があるそうです。この言葉が広がりをみせるという裏側には、食への安心が阻害されていたり、健康な食事を摂れない方が増加したりという社会的な風潮があるように思えます。人が生きるためには他の命をいただかなくてはなりません。その恵みに感謝すること、そして命のつながりを感じることができなくなってきている、そんな気がしています。
私は二丈町（現・糸島市）で自然農という考え方に基づいて農業を営んでおります。この自然農というのは不耕作・不施肥・無農薬を基本とした農業です。私は普通の会社員だったのですが、32年前に農家へ嫁ぎました。結婚当初、農業が嫌で嫌でたまりませんでした。けれども、農家に入った以上、農業をせねばなりません。そんな思いのまま農業を続けていたあるとき、夫が病気にかかり倒れてしまったのです。原因を考えるうちに、ある書籍で農業による複合汚染を知りました。人をよくすると書いて食。その食に携わることで病気になってしまうというのは、なんとも皮肉なものです。私はそのときから農業の理想を考えるようになりました。自然と調和した本当に体によい野菜をつくるためには、どうしたらよいのか。それを模索するうちに自然農と出会いました。
自然農では先述のとおり、耕さず・虫や草を敵とせず・肥料を与えず・農薬を使いません。ですから私の畑には、植え付けた作物のほかに雑草も生えていますし、虫も出ます。できあがる野菜も一般的に八百屋さんに並ぶものよりも概して小さくなります。けれども、大振りの野菜より味がぎゅっと凝縮されていて香りが高く生命を感じることができると、多くの方に喜んでいただいております。私は、肥料を与えられて大きく立派に育つのは本来の野菜の姿ではないのだと思っております。本来の野菜は自然のなかでともに育っていったもののはずです。落ち葉が朽ちて土となり、みみずが大地を耕します。虫や動物は葉をかじったり、実を食べ、やがて死に土に還ります。それをまた栄養として植物が吸収していく。そのサイクルのなかに人間も混ぜてもらうこと。つまり大きな命の循環のなかに身を置くことこそが自然農の考え方なのです。この農業を初めて知ったとき、これこそが私の生きる道だと感じました。人が生きるというのは、どういうことなのか、自然農を通じて毎日勉強させてもらっています。
人の力を極力介入させずに作物をつくるのですから、思うようにならないことも、ままあります。収量も一般的な農家に比べたら、断然少ないと思います。けれども、これも人を謙虚にさせてくれる修行なのだと考えるようになりました。最近では、私のもとに自然農を学びに来てくれる方も多くなりました。遠くはアルゼンチンやスイスからもいらっしゃったことがあります。これはひとえに自然農が生んでくれた縁です。これからは教え子たちの畑をひとつでも多く見てまわることができたらと願っております。飽食の時代と言われて久しいですが、そんな時代だからこそ命の循環、自然のなかで生かされているという自覚を持ち直さなくてはならないのではないでしょうか。人間としてのおごりを捨て、自然とともに生きる喜びを一人でも多くの方に知っていただきたいと思います。
＜プロフィール＞
松尾 靖子 （まつお やすこ）
糸島市二丈町で自然農による農業を営む。不耕作・不施肥・無農薬で150種もの野菜を自然のなかで育てている。自然のなかに愉しみを見つけ、大きな命の流れを感じることに喜びを見出すことが自然農だと説く。趣味は読書、音楽、絵画鑑賞。
＜会社概要＞
松尾ほのぼの農園
代表者：松尾 靖子
所在地：福岡県糸島市二丈町松国717
ＴＥＬ：092-325-1506
※本稿は以下の書籍に掲載されています。
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