介護事業を支えるカギは「食」    広がる介護食ビジネス

今年4月に改正介護保険法が適用され、要介護度が高い高齢者でも在宅介護に切り替えられる法改正となった。民主党の税と社会保障の一体改革により、増え続ける医療費が抑えられるかが焦点となっているが、これにより介護業界の将来も大きく左右される。まずは今回の法改正により在宅介護が増えるが、この動きに敏感に察知したコンビニ各社が宅配事業を強化するなど大手の動きが活発化している。

超高齢社会なのに
儲からない民間の介護施設

  2007年に全人口に対する65歳以上の割合が21.5%を超え、超高齢社会に突入した日本。3年後の2015年には団塊の世代が高齢期を迎えるにあたり、65歳以上の人口は約3,380万人、日本の人口に占める割合は約30%となる。
  厚生労働省によると、現在、全国の特別養護老人ホーム(主に認知症、寝たきりの高齢者の方々に入居する施設)には、入居希望の待機者が延べ約39万人いるという。財団法人九州経済調査会(以下、九経調)の資料によれば、九州地区だけ見ても待機者は4万6,000人いると言われている。しかし、高齢者が年々増え続け、特別養護老人ホームでは待機者が多いにもかかわらず、有料老人ホームでは入居者が集まらないという。これには、さまざまな理由があるものの、1つの理由としては、有料老人ホームの月額利用料が平均で11万8,000円、さらに、なかには15?20万円と高額なことが挙げられる。
  これは、グループホーム、通所介護(デイケアサービス)、通所リハビリ(デイケア)など、他の福祉関連施設でも同じような問題を抱えている。施設側は入居者が欲しいのに入居希望者との間で、価格面で折り合いがつかずに、入らないのだ。
  九経調によると、2010?11年にかけて各施設の入居率を調べたところ、グループホームは全国で96%、九州地区(沖縄を除く7県)では96.4%の入居率。そのなかで特別養護老人ホームは全国で98.3%、九州地区は98.4%と高い入居率だが、有料老人ホームは全国で入居率82.5%、九州地区は86.7%と、特別養護老人ホームに比べると低い。
  有料老人ホームの月額利用料が高くなる背景には、施設の建築コストが高いことをはじめ、人材の配置の面で非効率なやり方をしていること、食にかけるコストが高いことなどが挙げられる。これらを改善できれば利用料は下げられるのだが、なかなか思うようにはいかないのが現状だ。利用料を下げられない背景には、介護施設に給付される介護報酬が国の財政悪化を理由に定期的に見直しされていることがある。年々上がっていく人件費を吸収できるほどの収入がないことが、介護施設の経営を圧迫している。

介護保険法は12年4月に見直し
実質0.8%減額に

  我が国の介護保険法は97年12月に成立し、2000年4月からスタートした。数年ごとに改定がなされ、改定のたびに介護報酬が減額されていった。与党が民主党に変わり、「社会保障と税の一体改革」が連日、マスコミを賑わせている。民主党政府は低所得者の負担を軽減する代わりに、年々増加する医療介護費用を抑制しようとしている。
  厚生労働省によると、日本の医療費は今から27年前の85年に16兆円(うち高齢者医療費4.1兆円)だったが、10年には37.5兆円(同12.8兆円)にまで膨れ上がった。団塊の世代が65歳以上となる2015年には42.3兆円(16.1兆円)、人口の4人に1人が高齢者を支えると言われている2025年には52.3兆円(24.1兆円)にまで膨れ上がると予測しており、政府は増え続ける医療費を削減したい考えがある。
  12年4月から施行された改定介護保険法は、介護報酬を全体で1.2%に引き上げることを決めた。内訳は在宅が1.0%、施設0.2%と前回の改定に続き、表向きはプラス改定となっているが、12年3月末で終了した介護職員処遇改善交付金(1.5万円)を介護報酬に組み込む場合、2.0%のプラス改定が必要であったため、実質は0.8%のマイナスとなるという。
  そのため処遇改善加算金を創設し、従来通り介護職員には同額を確保することで補えるとしているが、改定率に換算すると+2.0%に相当するため、実質0.8%のマイナスとなるというのだ。厚生労働省は10年度の消費者物価指数が0.8%下落していることから、処遇改善相当分を確保しているという見解だが、施設のスタッフの人件費は年々上がっていく。収入が減っても給料を上げなければならないため、その分、利益が残せなくなり、苦しんでいる施設も多い。また、介護現場は激務であるうえ給料も高くできないことから、離職率も高く入れ替わりも激しい。人が定着しなければサービスの質は落ち、施設の評判も悪くなる。すると入居者がさらに減って収入が減り、ますます窮地に追いやられるという悪循環が続いている。

民間企業運営は痛手
特養、社福は助成金あるだけマシ

  介護報酬改正で一番痛手を受けるのは、民間企業が運営している施設である。特別養護老人ホームや社会福祉法人の法人格を持つ施設は介護報酬に加え、国から助成金を受けることができる。仮に医療機関が運営する特養や社福の場合は介護報酬、助成金に加え、医療報酬まで得られることで、比較的楽な施設運営ができるのに対し、民間企業が運営する介護施設は介護報酬しか受けることができない。そのため、介護報酬のマイナス分は入居者に頼る(負担してもらう)しかないというのが現状だ。
  今年4月から施行された改正介護保険法では、メインの有料老人ホームの介護報酬を1.5%から2%程度引き下げられることとなった。政府は寝たきり高齢者なども病院などの施設内から在宅に移すことを掲げ、24時間訪問サービスを実施。要介護度の高い高齢者が自宅で暮らし続けていけるような支援体制を強化するというものだ。
  かつて、医者が黒いカバンを持ち、自宅を訪問する姿がよく見かけられた。今後、また同じように医師や看護師が往診に訪れる回数は、現在より増えるだろう。これは、いずれも施設の負担を軽減するためのもので、介護士や看護師が自宅を巡回訪問し、緊急時の呼び出しにも対応する。場合によっては宿泊も行なうという。
  しかし、この法律が施行されたことにより、とくに特別養護老人ホームに高齢者が入るハードルがぐっと高くなる。たとえお金があっても、入れないケースが頻発することが予想される。「介護が大変だから」という理由で両親を施設に預けるという時代は終わったのかもしれない。

コンビニがいち早く
介護食宅配に着手

「セブンミール」の宅配弁当
「セブンミール」の宅配弁当

  09年末時点の全国の要介護認定者は359万3,900人。このうち九州地区は42万4,498人となっている。現時点ではこれ以上に増えているのは確実で、昔は施設に入れた人でも入れずに自宅療養をせざるを得ない人々は多いと思われる。
  総合マーケティングサービスの㈱富士経済(本社・東京都)が国内の高齢者向け食品市場と介護食品市場を調査したところ、2011年の介護食市場は在宅向けが129億円、施設向けが907億円の合計1,036億円となったことを発表した。今から9年後の2021年には在宅向けが206億円、施設向けが1,371億円の合計1,577億円の見通しとなり、改正介護法の影響からか、在宅向けの費用負担額が倍近くに増える試算となる。在宅が増えれば、今後は宅配産業に注目が集まるわけだが、そこはコンビニがいち早く着手し、行動に移している。
  業界最大手のセブン-イレブンは5月7日から、同社が従来から実施している「セブンミール」の販売を強化。全国で弁当などの宅配サービスを実施している。セブンミールは咋秋から試験的にスタート。野菜が多めで、ごはんを含めて1食あたり約560kcalに抑えられている。当初は配送料が200円だったが、販売強化にあたって、500円以上の注文であれば配送料を無料にする新サービスを始めた。
  ライバルのローソンと子会社の九九プラスの2社は、昨年11月1日、関西地区で宅配サービスを行なう㈱はーと&はあとライフサポート(本社:京都市)と共同で高齢者向け宅配事業を大阪府にて開始した。今回のサービスでは、ローソンのPB商品であるバリューラインの商品や生鮮食品などをはーと社が弁当と一緒に宅配する。11月1日にまずは大阪府摂津市のローソンストア100で実験を開始し、今後は大阪、京都府内のローソンストア100の約50?100店舗に導入する考えだ。
  今年3月には、ファミリーマートが高齢者向け宅配弁当会社のシニアライフクリエイトの株式の81.6%を取得し、子会社化した。シニアライフクリエイトは「宅配クック123」の屋号で店舗展開していたが、今後は中高年向けの商品とサービスの開発に力を入れ、全国展開する。また、全国に300カ所近くの拠点を有するシニアライフクリエイトと共同で商品開発も行なう。
  これらコンビニ各社の動きは、社会問題でもある買い物弱者の救済にもつながる。今後は買い物が不便な高齢者、在宅介護の家庭にもターゲットが広がり、新たな需要が生まれることになる。

給食大手も宅配に参入
広がる介護食ビジネス

  病院、介護業界向け給食の最大手である日清医療食品も、来年秋から弁当宅配事業をスタートさせることを発表した。配達拠点を全国15カ所に増やし、弁当の委託生産工場も順次増やして対応するという。病院給食で知名度の高い同社だが、病院施設、介護施設などで培った献立ノウハウを活かすことで、5年後に売上高500億円を目指す。セブン-イレブンやローソンなどのコンビニと比べて消費者への知名度は低いものの、病院や介護施設の推薦または紹介が他社には真似ができない分野であることから、他社より有利で勝算があるとしている。
  高齢者向け宅配弁当の市場規模は約800億円、介護保険法の改正で在宅介護が増えることで、コンビニや病院給食大手が本格参入する高齢者向け宅配弁当業界は、今後も続々と大企業が参入する可能性を秘めている。今後、市場規模が大きく拡大するのは間違いなさそうだ。
  また、宅配事業ではないが、スーパーマーケット最大手のイオンも全国で夏の期間中に朝7時オープンを実施する。狙いはシニア層の開拓にあり、早朝営業に先立ち、九州地区の店舗では店舗改装を機に品揃え、レイアウトもシニア層に配慮したものにし新たな勝負をかける。小売大手の企業の多くが、超高齢社会に対応したシニアビジネスに着目している。

九州企業向けアンケート
在宅介護支援と食などに期待

  大手小売業、給食会社などが高齢者向けビジネスに力を注ぐなかで、地場企業を見渡すと、現時点では関心が薄い。11年3月に?九州地域産業活性化センターがまとめた「九州地域における介護・健康サービス産業の振興に関する調査報告書」によると、九州経済連合会の会員企業(約850社)向けアンケートで「高齢化に対する企業の姿勢」を尋ねたところ、超高齢社会をビジネスチャンスとして捉えている割合はわずか5.8%だった。「機会である」と回答したのが5.8%、「どちらかというと機会である」が23.3%で、合わせても29.1%と3割にも満たない。逆に、チャンスではなく脅威として捉えているのが34.1%となっており、ビジネスチャンスとして捉えている人よりも多いのだ。
  同アンケートで「高齢化・健康意識の高まりで成長すると思う産業」(複数回答有)については、13項目中で最も多かったのが「在宅生活支援サービス」の78.3%、次に「医療関連」が72.5%、「運動・フィットネス」が50%、そして食生活が45%と4位に付けており、食に関する関心の高さがうかがえる。経営者、サラリーマンはリタイア後、施設に入るよりも在宅支援サービスに関心が高く、かつ、医療や運動、そして美味しいものを食べて優雅に暮らしたいという思いが強いことが、結果に表れているのだろう。
  病院給食・介護給食の世界でも、美味しいものを提供する動きが出てきている。給食会社大手のレオック(本社:東京都)は、受託している老人保健施設や社員食堂で、有名パティシエが監修したスイーツの販売を始めた。同社は東京・自由が丘の有名洋菓子店の「モンサンクレール」のオーナーである辻口博啓氏から調理師が3カ月研修を受け、月1回のペースで新商品を出すという計画である。施設の食にこだわり、より美味しいものを提供していく流れは、今後も出てくるだろう。

新興勢力のクック・チャム
介護給食事業に新風

クック・チャムで人気の量り売りお惣菜
クック・チャムで人気の量り売りお惣菜

  中国、四国、九州、関西、関東にて惣菜店「クック・チャム」を62店舗展開する㈱クック・チャム(本社:愛媛県新居浜市、藤田敏子社長)が今年に入って高齢者向けの食事提供サービスをスタートした。昨年末に分社化したばかりの㈱クックチャムプラスシー(旧・九州事業部、本社:福岡市南区、竹下啓介社長)が現在、福岡の介護施設などに食の提案を行なっている。
  クック・チャムは弁当のほかに、量り売りのお惣菜などが人気。だしは朝一番に引いたものを使用し、季節の食材と手づくりにこだわった惣菜を販売。野菜はできるだけ国産のものを使用している。九州の本社のある福岡市南区屋形原のクック・チャム中尾店では、昼時となると主婦やOLのみならず、高齢者の女性が押し掛ける。良い素材を利用しているため、お手頃ではあるが、若干高めの価格設定だ。だが、高齢者が多く利用するのは、手間隙をかけて、素材の旨さを引き立てる美味しい惣菜が多いことに加え、なによりも安全で安心感があることが人気の理由である。同社が現在、提供している福岡市内の介護施設では入居者からの評判も上々だ。
  「我々は家庭の味をとても大事にしています。(愛媛の本社が)設立30年以上の業歴のなかで培った和洋中の6,000以上のレシピで、飽きのこない“おいしい介護食”をご提供していきたいと思っています」と同社の竹下社長は語る。
  また、玉ねぎやじゃがいもは契約農家から地元の契約農家から仕入れているほか、一部野菜に関しては農業生産法人を立ち上げ、一次産業に参入して障害者雇用などで地域のスタッフを雇用したうえで、野菜を生産しているという。まさに地域に根付いた取り組みを行なっているのだ。
  「今後、積極的に介護施設または病院施設にサービスを提供したいと思っています。とくに、これから施設を立ち上げ、サービスをご提供するなかで、ともに成長できるようなビジネスパートナーになりたいです」(竹下社長)。
  “美味しい介護食”で勝負する新興勢力のクック・チャムが、介護・医療業界の新風となりそうだ。

激安か、高額か
これからは差別化の時代か

  「医療介護の現場でもとくに民間企業がやる介護は厳しい。儲からないのが現状です。このような現状においてはいかに施設を満床にできるか、または、退去してもすぐに入居者がでるような人気の施設にしなければならないのですが、なかなか特色も打ち出せないのが現状です」と語るのは、とある医療コンサルタント。そのなかでも食に関して言えば、どこの施設も費用を抑えなければならないのが実情。
  だが、このような現状を打破するためには、他所との差別化が大事だ、と指摘する。それは、食であれば、極端に安いものか、高くておいしいものかなど。たとえば食品スーパー業界においても、デフレ景気のなかでディスカウントストア、ドラッグストアなどの小売の新興勢力が台頭しており、既存の食品スーパーが大苦戦している。しかし、一部の高級スーパーでは今まで以上に注目を集め、売上が伸びているところもあり、消費者のニーズは二極化している印象を受ける。
  今後、ますます注目を集めることになるであろう介護食。人が一生付き合っていく「食」だけに、法改正にともなった各社の動向が気になるところだ。

(特別取材班)