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「人生」極める

第3回 今、棋士にできること~第1話「未来の日本が『考える国』であるために」(3)
「人生」極める
2011年12月 2日 07:00
社団法人 日本将棋連盟 大内延介九段

<将棋を極めた者はいない>
 将棋を教育に活かす道を積極的に勧める大内九段だが、皆が皆、将棋を究めなくてはいけない、と思っているわけではない。

将棋を極めた者はいない 「将棋は、学問を究めるのと一緒ですよ。小学校一年から始めたとしたら、段階を踏んで昇級していき、初段以降はずっと研究していって、新手を考案し、技術を磨いていく。大学で専門分野を研究するのと同じです。そういう過程を踏んで、結果的に対局を行ない勝負が決まるのですから、誰もができることではありません」

 アマチュアにとって将棋は遊びでしかない。が、初段ぐらいの腕前になると哲学としての将棋に目覚める。そして専門家ともなれば、ノーベル賞に匹敵するほどの高度な研究を進めるようになる。新手を考案するのは大変だ。すでに江戸時代から、非常に洗練されて、疵のない詰将棋の手が、611手もあったのだから。その後の棋士が探究していった結果、1,519手にまで増えたという。これを覚えて、暗譜し、将棋の手を読む訓練をする。そしてさらに自分でも新手を考える。名人ですら、将棋を極めたと思う棋士はいないという。もはや素人には想像も出来ない世界だ。

 誰でも駒を握ることは出来るが、いまだ以て誰も極めていない、それが将棋である。たまたま時代によって、時の名人が生まれるが、将棋の神様からすると、まだまだ序の口段階なのだろうと、棋士の誰もが思っているという。

 だからだろうか、棋士には素晴らしい能力や技術を持っていながら、非常に謙虚に己の仕事に打ち込んでいる人が多いようだ。大内九段の愛弟子のひとり、国立北陸先端科学技術大学院大学の教授、飯田六段は、いくつもの有名 I T 産業企業からヘッドハンティングされるほどの研究者でありながら己の志を曲げることなく大学に残り学問・研究に打ち込んでいる。将棋の世界は、本当に精神性が高く、状況に振り回されて自己を見失うこともないようだ。将棋の階段を上っていくうちに、自然とそうなるというのだから恐れ入る。

<裾野を広げず本幹を守る>
大内 延介 九段 最近、同じ国の伝統文化を代表する相撲業界で、不祥な話題が尽きないのと比較すると、将棋界はピラミッドのように揺るがない強さがあるように思う。これについて、大内九段は「相撲界は興業化しているので、世間によって動じやすく、不祥事を生みやすいのでしょう」と述べる。将棋界は先程も述べたように、哲学として探究していく分、興業化しにくいのだが、そのかわり精神性を研磨できるので、八百長ができる環境も生じないそうだ。全敗続きの棋士であろうと、上段者を相手に諦めることはしないし、上段者も甘く見ない。たとえ昇段を掛けた相手でも勝負は対等。いくら世間が新しい話題を期待していたとしても、勝敗を操作することなどあり得ない。世のなかの欲望に左右されないからこそ、孤高の印象が残るのだろう。将棋界はこのままピラミッド型の組織を崩さないだろうし、そうあって欲しいと切に願う。

 いや、これからの日本も、少しは尖った塔を作る時期に来ているのではないだろうか。欲望に左右されて世論が決まるような社会では大切なものが見えなくなる。高度成長期を終え、成熟期に入ったというのであれば、求められるのは、国民ひとりひとりが人間性を高め、考えて道を選択出来る人材を育てることではないのか。「裾野が広がりすぎると堕落しますよ。本幹が細ってしまうから」と大内九段。それはそうだ、と深く頷く。

(つづく)

【黒岩 理恵子】

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