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SNSI中田安彦レポート

bail-out(ベイル・アウト)からbail-in(ベイル・イン)の時代へ~銀行破綻制度の大転換(前)
SNSI中田安彦レポート
2013年4月 4日 07:00

 銀行救済制度の大転換が起きつつある。キプロスの銀行救済では、銀行の外部から資金を出す(bail-out=ベイル・アウト)手法から、銀行の債権者、株主、預金者という内部から出す(bail-in=ベイル・イン)手法が併用されるようになったのだ。SNSI(副島国家戦略研究所)研究員の中田安彦氏のレポートを紹介する。

SNSI(副島国家戦略研究所)研究員 中田 安彦

 キプロスの銀行危機で、世界の金融市場の関心が再び欧州に向けられている。欧州では去年から、ギリシャ救済、スペインの貯蓄銀行「バンキア」の経営危機、イタリアの老舗銀行「モンテ・デイ・パスキ」(MPS)の危機など、南欧や地中海諸国の銀行の経営不振がやり玉に上がってきた。特に、キプロスの二大銀行の救済では、3月半ばころから、問題銀行の預金者の預金を一定の割合でカットする「預金税」が浮上してきたことにより、世界中に注目されている。

 問題となったキプロス第一の金融機関である「キプロス銀行」「と第2の「キプロス人民銀行」(ライキ・バンク)は、関係の深い国であるギリシャの国債に投資していたなど、多額の不良債権を抱えていたことがわかっていた。キプロスの2行と、イタリアのMPS、さらに東欧のスロヴェニアの「ノバ・クレジトナ・バンカ・マリボール」の4行は、EUの銀行監督当局である欧州銀行監督機構(EBA)の銀行ストレステスト(健全性審査)に合格できなかった4つの金融機関である。スロヴェニアのノバも去年、2億500万ユーロの損失を出している。だから、キプロスの次に救済対象になるのは、このスロベニアの銀行であるとすでに囁かれ始めている。

tikyugi.jpg キプロスは、地中海に浮かぶ島国であり、大きさは日本の四国の半分くらいの面積の小国で、人口は約110万人、経済規模(GDP=国内総生産)は、およそ2.2兆円(約180億ユーロ)の小さな「ユーロ加盟国」だ。地図を見るとわかるように、トルコの南の東地中海に位置するのがキプロスである。この国は、観光リゾート地(GDPの2割を観光が占める)でもあるが、それ以外に産業もないので、EU加盟後も、税率を域内で最も低い水準に抑え、海外の投資を呼び込んできた。つまり、キプロスという小国は、モナコやルクセンブルクのようなタックスヘイブンとして生き残る道を選んでいたわけだ。

 そのため、キプロス国内の銀行預金者の半分近くが外国人であり、その大部分がロシア人の富裕層だった。これがキプロスの銀行が抱えている他のユーロ圏の銀行とは違う特殊事情である。オリガルヒと言われるこれらのロシアの金持ちたちの中には、フォーブズの「世界富豪ランキング」に登場する人たちもいる。そのようにしてロシア人富豪たちがキプロスのタックスヘイブンに資金を蓄えていた結果、同国の銀行の総資産額が、GDP(国内総生産)の7倍にまでふくれ上がっていた。
 キプロスの二大銀行が経営危機に陥った背景には、これらの銀行が、なんとギリシャ政府による巨額財政赤字の隠蔽が発覚した2010年にギリシャ国債を買い増していたことがある。国民の多くがギリシャ系であるキプロスでは自然な成り行きだったのかもしれないが、結果的には大失敗だった。2010年3月から12月までの間にライキ・キプロス銀行は約5億ユーロも買い増していたと言われている。それがいよいよ、昨年2012年のギリシャ債務危機の結果、ギリシャ国債の額面の削減が決まると、それが損失として確定していったわけだ。

 しかし、キプロスでは、銀行の総資産がGDPの7倍に達していたため、同国政府の公的資金だけでは銀行を救済することはできず、同国政府は去年6月、EUに支援を要請していた。つまり、キプロス危機は水面下でくすぶっていた、ということだ。キプロス救済問題が今年の3月になって浮上したのは、どうやら、キプロス政府とEU側との協議は支援額や条件を巡って難航しつづけていたためで、キプロスでの政権交代もこの間にあったためらしい。

 ところが、欧州債務危機では、危機に見舞われるのは、スペイン、イタリア、ポルトガル、ギリシャ、キプロスのような南欧の「地中海クラブ」といわれる国々であり、これが比較的健全であったドイツやオランダ、フィンランドのようなバルト海に面した北方ヨーロッパの国々の世論を硬化させた。これまでユーロ圏では、ギリシャ、アイルランド、ポルトガル、そしてスペインがEUに支援要請をしている。このため、同じユーロ圏でありながら、財政赤字や銀行債務をふくらませて救済を求めるのはいつも地中海クラブの奴らだ、ということで、ドイツ国民の怒りが爆発した。これが選挙を今年の秋に控えて再選を狙う、アンゲラ・メルケル独首相にとっては大きな重しになっている。

 その結果、キプロス銀行救済では、ユーロ圏で影響力を持つ、ドイツやオランダ、フィンランドのような北方ヨーロッパが、「キプロスの銀行を救済するために、公的資金を注入するわけにはいかない。キプロス国内でも身を切るべきだ」という声が上がった。キプロス政府は、預金者の口座残高をすべて保護するためには、自国のGDP(国内総生産)とほぼ同額の175億ユーロ(2.1兆円)の支援金が必要であると表明したが、救済する側の欧州委員会、IMF、欧州中央銀行のいわゆる「トロイカ」と呼ばれるグループは、支援できるのは100億ユーロまでであると、切りの良い数字を出してきた。したがって、その差額はキプロス国内で負担をしなければならなくなった。

 そうなると、キプロス国内では国民に税金を負担させ銀行を救済するか、それとも銀行の株主や債券保有者の保有する資産の額面をカットすることでその資金を捻出するかの選択を迫られることになったのだが、どうやら、キプロス銀行の場合、その保有する債券の価値がほとんど無かったために、株主や預金者に負担が及ぶことになったようだ。もとより、EUに支援を要請しているので国民のすべてを負担者とする税金負担の選択はなかった。

 もともと、ユーロ圏に属する国の間では、日本やアメリカでも存在する預金保険制度というものがあり、10万ユーロ(約1,200万円)以上の高額預金を除いては保護される制度は存在する。日本でも「ペイオフ解禁」が10年前以上に実施されていたが、1995年までは金融危機があっても全ての預金が保護される仕組みだったのである。

 問題は、キプロス銀行救済をめぐっては、この欧州版のペイオフ制度を無視して、当初、キプロスのアナスタシアディス大統領が、大口預金に限定した課税を拒否し、小口預金にも6.7%の課税を行うと発表し、ユーロ圏の首脳がこれに合意を与えていたことである。この大統領案はキプロス議会で結局否決された。この背景にはキプロス大統領が、大口預金者だけに負担を負わせて大口預金者を逃してしまえば、キプロスのタックスヘイブンビジネスが崩壊するという危機感があったようだ。
 しかし、4月になって次々とこの大統領の関係者が、銀行預金への課税を決めた数日前の3月12日あるいは13日に、数千万ユーロの資金をライキ銀行から引き出し移し替えたという報道がなされるようになった。これによってキプロス国民の怒りは、預金課税に同意したユーロ圏の金融関係者やタックスヘイブンを利用していたロシアのオリガルヒではなく、大統領に向かうことになるだろう。

 キプロス銀行救済では、結局のところ、預金をカットするのは大口の預金者だけになったのだが、問題は資本移動規制(キャピタル・コントロール)が数週間から数カ月続くことだ。

 これは一般の預金者にも影響を間違いなく与える。キャピタル・コントロールは、それこそ大口預金者がさらなるカットを恐れて、自分の銀行預金をキプロス国外に持ち出さないようにするのが狙いである。これをユーロ圏で一時的にでもやるということは、域内資本の自由移動を目標に作り上げた欧州連合の理念を真っ向から否定することになるほか、日常生活にも支障が出る。

sora_24.jpg たとえば、預金の引き出し制限(1日300ユーロ)、国外送金も厳しく制限、海外旅行などでも現金の持ち出しは1,000ユーロまでであり、海外でのクレジットカード決済も1カ月5,000ユーロまでなどの一般庶民の生活にも重い影を落とす包括金融規制である。金融危機に陥った国の若者は、他の国に移って仕事を探すという「出稼ぎ生活」がユーロ圏では当たり前になっていたが、これも制限される。国内送金も政府が厳しく監視するという話だ。

 これがスロヴェニアの銀行救済にも波及すれば大変なことになる。スロヴェニアはアイスランドやキプロスのような島国ではないからだ。他のユーロ圏の国々と国境を接しているのであり、最悪の場合、危機が危機を呼ぶということも考えられなくない。

 さらに輪をかけたのが、ユーロ圏財務相会合(ユーログループ)のダイセルブルーム議長(オランダ財務相)の発言だ。同議長は、英経済紙「フィナンシャル・タイムズ」などへのインタビューの中で、「キプロス支援の下での銀行再編計画について、ユーロ圏の銀行の問題解決に向けたひな形になる」と発言したことだ。この発言は、他の欧州連合関係者によって火消しに回られたが、北方ヨーロッパ代表である同議長の発言は重い。

(つづく)

| (中) ≫

<プロフィール>
中田 安彦 氏中田 安彦 (なかた やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。


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