<全員退任していた>
次に辞任した(まだ未登記だが)のが、徳森宏氏である。彼は生え抜きの人材であり、同社の「経営管理責任者」(通称)であった(技術に精通し《一級建築士取得は当然》取締役として経営参画の実績があることで資格を得られる)。再建に乗り出したネクスト・キャピタル・パートナーズが、『第二次組閣(この詳細は後記する)・紫原社長体制』を組む際、この「経営管理責任者」の資格者の該当者が徳森氏しかいなかったのである。
関係者の証言として「徳森氏の辞任の理由は、新オーナーの大川氏が≪不動産企画力≫をあまりにも重視して、≪建設施工≫に関しては蔑ろにしていることに反発していたからだ」というのを耳にした。徳森氏は九州大学工学部建築科を卒業しており、技術のプライドを有している。請負業を軽視されることには勘弁できなかったのであろう。どうであれ大川オーナーにしてみれば、徳森氏同様の「経営管理責任者」を引き抜けばいいことである。ただしかし、そう易々と人材補給の穴埋めは難しいと思うのであるが――。
さて、前回の冒頭に述べた竹内氏の退任のことに触れよう。かつてはさとうベネック(佐藤組時代から)は、土木部門で収益を稼いできた。「さとうベネックといえば土木」と、業界では土木の名声を誇ってきた。その土木部門のトップに位置していたのが、竹内一博氏である。法人登記を見るとややこしい。同氏は今年2月末に取締役を辞任して、また3月19日に復帰している。
問い合わせ錯綜の狭間で、6日に「竹内氏が辞めたのではないか」というのがあった。竹内氏自身の消息を探した。結局のところ「コメントしたくない」という返事が人づてに返ってきた。退任したことは間違いなかった。これで3名の役員が退社したことになる。
取材の過程で、あるOBの証言が注目された。「紫原氏も社長を辞めるのではないか」というものだ。決算期は6月期であるから「そうかな」と思ったりしたが、確認できていなかった。
6日には、集中的にオーナー大川氏に連絡を入れた。同日17時半前後に、ようやく同氏からTELがかかってきた。竹内氏の辞任に関しては、大川氏曰く「工事現場の事故も起きたし責任をとって辞めてもらった」。会社内には、建築と比較して土木部門には重層的な人材はいないはずである。補強体制は簡単ではなかろう。大川氏が本心で「土木部門は閉鎖しても構わない」と腹を括っているかどうかは不明である。
この大川氏とやり取りのなかで、驚くべきことを知った。「6月末で紫原社長が退任した」ことを表明したのである。大川氏がさとうベネックの代表取締役に就任したのが、2月29日である。それからわずか4カ月が経過して、さとうベネックの旧役員4名が全員退任してしまったことになる。これを知れば誰もが「さとうベネックは危ない」と判断するのは、至極当然のことである。大川氏は不動産業では天下一品の実績を残しているが、建設に関してはあまり精通していない。この点を、関係者は不安視するのである。
ただ、大川オーナーは至って意気軒昂だ。「大分銀行のことでは心配をかけたが、まず銀行対策は順調にいっている。東京・福岡で新しい取引(融資を融資する前提)を開始する銀行も見つかった。東京では協力業者との話し合いを行なった。『単価の協力要請』をしたら『ドンドン仕事を取ってください』と逆に激励された。福岡・大分の業者さんとは顔見知りでないので、こちらから積極的に説明会(協力会の会議)を開催するつもりだ」。
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