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「維新銀行 第三部 クーデター」~第1章 クーデター前夜(16)
経済小説
2013年1月24日 07:00

 谷野は翌日の朝まで、悶々としたまま眠ることが出来なかった。谷野の普段とは違う態度を昨日目の当たりにした妻の芳江は、「昨日、私に言えない余程の出来事があったのだろう」と思い、谷野が起きてくるまで声を掛けなかった。谷野は11時を過ぎた頃、やっと起き出したが、時折耳鳴りがするような気の重い朝を迎えた。
 トイレに行き洗面所の鏡を見ると、瞼が腫れてどこか生気のない別人のようにやつれた自分の顔が映っていた。何度も顔を洗ってみたが、いつもの自分の姿には戻らなかった。

table.jpg 谷野は意を決するように妻の芳江を呼んだ。
「実は、昨日取締役会議が終わった後、沢谷専務、吉沢常務、北野常務、川中常務の4人が僕ところに押しかけて来て、今期限りで栗野会長も退任するので一緒に頭取を退任するようにと言って来た。後ろには谷本相談役が糸を引いているようだった。もし僕が自発的な退任をしなければ、取締役会議で取締役選任に反対する動議を提出し、罷免の決議をすると脅しをかけて来た。彼らの話を聞くと、過半数の役員を味方につけており、僕が取締役に再任されることはないとまで言って来た。
 このままだと来週21日の金曜日に開催される取締役会議で、僕は頭取を降ろされることになる。昨日言おうか言うまいかと迷ったが、遅かったので言うのを止めてしまった。こんなことになって、今後君に迷惑をかけるようになるかもしれないが、決して僕が悪いことをしたわけではないので、たとえ頭取を降りることになっても、心配しなくていいよ」
 と、涙ぐみながら話した。

 それを聞いた芳江は、
「私も、あなたが一生懸命維新銀行のために頑張っておられるのを見ているので、何も心配していません。これからも維新銀行の頭取として毅然とした態度で行員の皆さんに接して下さい」
 と気丈に言った芳江ではあったが、感極まったのか崩れるように体を床に沈め、溢れる涙を拭おうともしなかった。

 5月10日(月)の朝、谷野はいつも通り迎えの運転手の車で維新銀行の本店に向かった。役員室には誰もまだ来ていなかったが、8時10分過ぎに小林取締役、木下取締役、暫くして川中常務と梅原取締役が入室して来た。
 谷野は7日の取締役会議後に、今役員室に一緒にいる川中常務を含む4人が頭取室に押し掛けてきて、谷野に退任を迫って来たことを誰にも打ち明けることはしなかった。そんななか、何も知らない小林取締役が、『第五生命のアンケート調査』の報告書を約束通り提出して来た。しかし谷野は川中常務も一緒にいる役員室では、ただ黙って受け取るしか方法はなかった。第五生命の保険外務員山上正代が、維新銀行を舞台に違法な保険勧誘した実態を赤裸々に伝える報告書は、後に新頭取となった古谷の手によって大きく改竄され、中国財務局に提出されることになる。

(つづく)
【北山 譲】

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※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。


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