北京に住むある台湾人夫婦は、その子どもが「2つの国籍を持っている」という。1つは「中華民国」国籍で、もう1つは「アメリカ」国籍。妻は出産約3カ月前にアメリカに入国し、ロスで出産。夫は妻と別々に入国し、出産に立ち会った。アメリカで生まれた子どもはアメリカの国籍を得られる。夫婦はまずアメリカで出生手続きをして(子どもはアメリカ国籍を取得)、台湾に帰国後、中華民国の出生手続きをした(中華民国国籍も取得)。
出生による国籍の取得については、親の血統と同じ国籍を子に与える「血統主義」と、出生地の国籍を子に与える「生地主義」がある。日本、韓国、フランスは「血統主義」が原則だが、アメリカやアイルランドは「生地主義」が原則だ。
なぜ、出産の3カ月前になって、渡米したのか?これは、アメリカの基本観光ビザが「90日」になっているためだ。アメリカ入国の際、女性の妊娠が発覚すれば、出産目的と見なされ、空港で入国を拒否される。出産日を逆算し、ギリギリ90日以内にかかるところで入国。ベルトのような帯でお腹を押さえつけて観光客を装い入国するため、妊婦にとっても一苦労。流産のリスクもある。中国で大ヒットした映画「北京遇上西雅圖(意:北京がシアトルに出会った)」では、大陸出身の女性が子どもにアメリカ国籍を取らせるため、苦しい思いをしてシアトルに入るシーンからスタートする。
個人単位で入国し、病院を手配、出産後のケアまで行なう夫婦も入れば、流れの一部を請け負う代理店もある。件の台湾人夫婦は、入国から出産、ホテルの宿泊代まで30万台湾元(約100万円)近くを要したと言う。
日本からもハワイで出産するという、資産家や芸能人の例も少なくないが、中国、台湾、韓国などからは現実的な選択として「アメリカ出産」が視野に入っている。韓国は「徴兵制度」がある。アメリカ国籍を持てば、徴兵を回避できる。隣り合わせの北朝鮮との有事に備え「有事が起きた場合、子どもにはすぐに居住できる場所を」と保険から取得を考えるのだ。台湾や中国も徴兵は大きな要因となるが、根本的に抱える「政情不安」が深刻だ。台湾では政権が交代すると、野党に下った派閥や組織、会社に在籍する者に「身の危険」がおよぶ。中国でも共産党の派閥争いに敗れれば、関係一味は一網打尽。「二重国籍の取得」は、いざと言う時の「逃げ道」を作るためだと言う。
日本では現実味が薄いが、他のアジア諸国の人々が「アメリカ出産」を考えるのには、切実な理由があるのだ。
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