<リストラ策>
第1四半期決算が、GC注記付での開示となったため、リストラによる経費の削減も待ったなしとなった。そして、上場会社の場合、このような悪業績を開示したら、リストラ策についても可及的速やかに開示するとともに、銀行にも説明しておく必要があった。
この時点では、まだ上場会社としての存続を目指していた。
リストラ策の骨子は下記の通りである。
まず、不動産の処分であるが、これまでにファンド向けの開発用として仕入れた大型の土地は、損切りして12月までに処分する。
こうしてバランスシートをきれいにしたのち、再び個人向けの1棟2~3億円の物件に絞って開発を再開する。既存物件の仲介も強化する。
経費削減では、東京以外の出先事務所を閉鎖したり、派遣社員などを削減したりすることで軽量化する。
当時にあっても個人向けの物件については一定の需要もあり、安値で売りに出されている物件を当社の顧客に仲介していけばかなりのビジネスになるという期待感もあった。
しかし、第1四半期決算の開示後、このリストラ策を各取締役に示達すると、一大抵抗が巻き起こった。
出先の事務所閉鎖については、いわば力技でありスムーズに進んだ。
現地の社員は、本社に転勤するか、退職するかの選択が求められたが、大半の社員が現地採用であったため、自主的な退職を申し出た。しかし、閉鎖の実行は民事再生後にずれ込んだ。
一方で本社のリストラは、一向に進まなかった。
とくに、営業担当の役員らが社長への談判で何時間も粘り、容易にリストラを受け入れようとしなかったのだ。ほとんどの幹部が年齢も若く、企業のリストラなど体験したことがなかったから、現実を受け止めきれなかったのであろう。
「どうして、◯◯部はリストラ◯人なのに私の部は◯人なんですか?」
「この人数は、どうやって決めたんですか?納得がいきません。」
このように無益に時間を浪費することになった。
もうひとつは、事務職の女子社員の雇用の問題である。
当社は各部署に事務職女子の正社員を配置し、庶務業務に当たらせていた。私は、これらの女子社員を解雇するのはあんまりだと思い、それまで外注していた管理物件の清掃業務などにあてることで少しでも雇用を確保しようと考えていた。
しかし、このことに、不動産管理の発注を担当していた中井常務が、実際に部下としてそのように社員を使うのははばかられるとの感覚らしく反対であったし、黒田会長も、極端に異なる職種への強制的な配置転換は本人らに厳しすぎるし、仕事も中途半端になるので、むしろ退職勧奨してあげたほうがいい、という意見だった。
土曜の午前中に全取締役で営業進捗ミーティングでも、この問題に2時間を費やした。
その週、私は当時娘を預けていた保育園の運動会で、私は父母の会の会長として出るために、当該ミーティングを欠席していたのだが、その運動会を抜けて途中からその会議に入ったものだ。
すると案の定、みな営業活動の進捗報告をそっちのけで、本社営業の稲庭取締役が、「◯◯物件を◯◯百万円アップで売りますからあと3人を置かせてください」というような、奇妙な条件交渉をしていた。
私は業を煮やし、
「ここで、そのような個別の話をしだすとまとまるものもまとまりません。あくまでも、リストラ計画を会社として示達しているわけですから、あとは迅速な実行しかありません。ですから、あくまでも当初お願いした人員削減計画を、岩倉社長まで提出していただきたい。本件については、これ以上申し上げることはありません」
そういって、この会合を終えた。
結局、この自発的なリストラは総論賛成各論反対で暗礁に乗り上げてしまった。
そうこうしているうちに10月の声が聞かれ、もう来月には民事再生を出すというところまで追いつめられたため、その時に指名解雇するよりほかない、というところまで行ってしまったからである。
<プロフィール>
石川 健一 (いしかわ けんいち)
東京出身、1967年生まれ。有名私大経済学卒。大卒後、大手スーパーに入社し、福岡の関連法人にてレジャー関連企業の立ち上げに携わる。その後、上場不動産会社に転職し、経営企画室長から管理担当常務まで務めるがリーマンショックの余波を受け民事再生に直面。倒産処理を終えた今は、前オーナー経営者が新たに設立した不動産会社で再チャレンジに取り組みつつ、原稿執筆活動を行なう。職業上の得意分野は経営計画、組織マネジメント、広報・IR、事業立ち上げ。執筆面での関心分野は、企業再生、組織マネジメント、流通・サービス業、航空・鉄道、近代戦史。
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