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神々の宿る島・壱岐「響きあう魂たち」(3)
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2012年9月12日 10:16

 折りしも、その年の暮れ、平山さんは、個人的な痛手を負った。壱岐を愛し、よく平山旅館を訪れてくれた長崎県出身の脚本家、市川森一氏が亡くなったのだ。

 長崎を舞台にしたNHKドラマ「蝶々さん」を遺作として亡くなった市川氏は、日本人の持つ繊細な意識をドラマに込めることに長けた作家だった。晩年は日本人のルーツ、古事記の研究に熱心に取り組み、古事記の里―壱岐の、不可思議な魅力を深く愛していた。

 「壱岐は、古事記に"アメノヒトツハシラ"として出てきますが、これは、"人間界と神様の世界をつなぐ柱"という意味ですよ。壱岐は、神様と人間が交流しあえる原点なのです」。

 市川氏の言葉は、平山さんを驚かせた。壱岐の人々にとって、古墳や神社は自然界の一部のように暮らしのなかにあったものだから、その意味の考古学的文化財的重要性など、気づきもしなかったのだ。

 そんな壱岐の人々のために、市川氏は心を砕いてくれた。歴史を伝える講義を開催したり、10年4月に平山さんが代表発起人となって発足させた、壱岐市民による劇団、弥生の夢舞台『一支国座』を全面的にバックアップし、古事記編纂1,300周年にあたる2012年には、ぜひ古事記をテーマとした一支国座の舞台を福岡と壱岐で上演しよう、と言ってくれた。そんな矢先の突然の訃報に、平山さんと一支国座の座員は打ちひしがれた。

sumiyosizinzya.jpg しかし、ここに再び、まったく予期せぬことが起こった。世界各国の神話世界を描くことをテーマに国際的に活躍をしているフランス人画家、マーク・エステル氏が、壱岐の住吉神社に地震の絵を奉納しに訪れた際、ぜひ古事記編纂1,300周年の催しを、壱岐で開催しようと申し出てくれたのだ。

 もともとエステル氏は親日家であり、画家を志したのも、日本で出会った水墨画に惹かれたからだった。幽玄な水墨画の世界にエステル氏が見たものは、全世界に共通するアニミズムだったのかもしれない。その後、墨を絵の具に代えたものの、描く世界は各国に伝わる霊魂や精神世界の具現化、神話の世界にまつわるものだった。

 古事記にも惹かれた。日本語に親しむために何度も読んだ絵本に描かれていて、すっかり魅了されていた。イザナギとイザナミが手にした天沼矛でどろどろとした海水をかき回し、「こをろこをろ」と口ずさむ。そして引き上げた矛先から滴り落ちた塩が最初の島になった。もともと神話好きだったエステル氏は、混沌のなかから生命が徐々にかたちづくられていく日本創世の繊細な感覚のとりこになった。

 アニミズムとはもともと宗教の原始形態の1つで、世界のすべての事物に霊魂や精神が存在すると信じる心的状態のことだ。その精神は、どこか全人類の潜在意識、集合的無意識のなかでつながり合っているようなところがある。遠く隔たりあうヨーロッパと日本で、既視感を覚える神話に出会うのも、世界の人々の魂が根っこのところでつながっているからだという話は、心理学上の解釈でもよく耳にする話だ。人工的に造られた町が似ているのは、模倣に過ぎないが、自然に身を委ねる地方に懐かしさを覚えるのは、悠久の時空を超えて今に受け継がれてきた、人類の琴線に触れるからではないのか。そこは、全人類が魂を響かせあうことができる領域なのではないか。

 エステル氏は、壱岐の風景を眺め、今まで訪ねてきたさまざまな神話の里に似ている、と目を細めた。日本という島が生まれ、人によって国づくりが進むさまを記録した「古事記」は、その荒唐無稽さゆえに、つくりごととして長年顧みられずにきた。とくに第二次世界大戦後は、天皇崇拝を促すものだとして、あえて教育現場から避けられていたものでもある。

kohun.jpg しかし近年、日本のあちらこちらで古墳が発掘されるたびに、「古事記に書かれていた通りじゃないか」と声が上がり、物語として変容されているとはいえ、古事記とは、日本創世の確かな記録ではないのかという声が高まりつつある。そんな背景とはかかわりのない世界で生きてきたエステル氏は、まっすぐな目をして平山さんに語りかけた。「ここには、日本人が古来から心の奥に抱き続けてきた"日本人らしさ"があります。この繊細な美しい感覚を、なぜ日本人は、もっと誇りに思わないのでしょうね」と。

 そこで平山さんは思い切って、エステル氏に、壱岐と古事記を愛する市川氏が志半ばで逝ったことを語った。すると、エステル氏は、「協力するのでぜひ壱岐で、その楽劇の上演と、それにまつわるイベントを行ないましょう」と、申し出てくれたのだ。

 それならうってつけの場所がある、と平山さんは壱岐の一支国博物館で行なうことを提案した。もともと一支国博物館は、弥生時代の壱岐文化を再現させ、地域に根付かせるために建てられたもので、一支国座も、博物館で文化伝承を行なうために結成されたものだったのだ。エステル氏は目をつぶった。

 「素晴らしい!今まで日本のあらゆるところで、古事記にまつわる催しをできないものかと相談してきましたが、どこも眉を潜めるばかりでした。ここでは、個人が上げた声が、実現するところなのですね」。

(つづく)
【黒岩 理恵子】

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<COMPANY INFORMATION>
■(株)平山旅館
所在地:長崎県壱岐市勝本町立石西触77番地
TEL:0920-43-0016
URL:http://www.iki.co.jp/


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