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【沖縄動点観測】「辺野古移設」(前)~変わらぬ現実
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2014年1月14日 07:00

 那覇空港に降り立つと、空調の効いているはずのターミナルビルは1月なのに湿りを帯びていた。ムーチービーサー(旧暦12月8日頃に到来する寒波)の時期にもかかわらず、南国の空気だ。島全体が地面や白壁に反射する太陽の光でまばゆく輝いている。「アジアから見た沖縄県は、リゾート地、アジアの楽園」だと、沖縄かりゆりリゾート・オーシャンスパなどのホテルを経営する「かりゆしグループ」CEOの平良朝敬氏(58)は言う。

 その楽園は、もう一つの顔を持つ。日本の国土面積のわずか0.6%にもかかわらず、在日米軍専用施設面積の7割が集中する。
 「10年後も変わっていませんよ」。1994年に記者(山本)が沖縄を初めて訪れて以来、耳にした"予言"通り、祖国復帰(施政権返還)から42年を迎えようとする今も、米軍基地の過重な負担は沖縄に押し付けられたままだ。

<「固定化か移設か」なのか>
普天間基地野嵩ゲート上空を低空飛行するMV-22オスプレイ=1月9日、沖縄県宜野湾市 1月9日午後4時の宜野湾市。米海兵隊普天間基地を飛び立ったMV-22オスプレイが爆音を轟かせ、市民団体のメンバーが野嵩ゲート前で抗議の宣伝をしていた。
 普天間基地から150メートルのところに住む赤嶺和伸氏(59)は、ハンドマイクで訴えた。
 「いつ落ちるかわからない危険な訓練だ。海兵隊はいらない、オスプレイともども、いますぐアメリカへ帰れ」
 この宣伝は、ゲート前スタンディングと呼ばれている。2012年10月にオスプレイが配備されてから年末年始の休みを除いて毎日続けているものだ。その年、オスプレイの配備に反対し、保革を超えて10万人余が集まった。
 同ゲート前はスクールゾーンになっていて、下校する子どもたちが通る。その上をオスプレイが低空で飛んでいく。
 「普天間を即時閉鎖し、辺野古にも基地を造るのは駄目。普天間の固定化か辺野古移設受け入れかの二者択一ではない」と、赤嶺氏は言う。

<普天間返還合意から18年目>
野嵩ゲート前で普天間基地即時閉鎖を訴える赤嶺和伸さん=1月9日 普天間基地の返還合意(1996年)から18年目を迎える。移設先に沖縄本島北部の名護市辺野古が浮上してから、様々な移設計画案が出ては、県民の反対にあって、消えていった。最初は、撤去可能な海上ヘリポート施設。次いで、「軍民共用・15年使用期限」計画。そして、現在は、辺野古の米軍キャンプ・シュワブ沖提供水域を埋め立てて、V字型滑走路を建設する計画だ。2010年の名護市長選挙で、「辺野古の海にも陸にも新たな基地は造らせない」と公約した稲嶺進氏が、現職を破って当選。その後、オスプレイ配備が強行されると、沖縄県内41市町村長、同市町村議会議長、県議会議長らが連名で、オスプレイ配備撤回と、普天間基地の閉鎖・撤去、県内移設断念を求める「建白書」を政府に提出するなど、「オール沖縄」の抵抗に変化し、昨年2013年はこの計画も頓挫寸前、「ラスト・チャンス」の時期を迎えていた。

<怒りよりも悲しくなった>
 同年12月、仲井真弘多知事が日本政府の辺野古の埋め立て申請を承認して、局面が動き出した。
 それに先立ち、自民党本部は、「県外移設」を公約した同党の県選出国会議員に方針転換を迫り、移設容認に転換させ、自民党県連にも「県外移設」の公約を撤回させていた。
 名護市の稲嶺進市長は、「自民党国会議員、県連は、ヤマト(本土の中央政府)の力で、脅し、恫喝し、屈服させられてしまった。ワジワジー(怒り)よりも悲しくなった」と表現する。「そこまでやりますか。でもそれが今の日本の姿だ」。
 沖縄県民の約7割は知事の埋め立て承認を公約違反だとしている(琉球新報社・沖縄テレビ局の共同世論調査結果)。

 動き出した「辺野古移設」で揺れる沖縄から基地問題を現地報告する。

(つづく)
【山本 弘之】

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