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「政権禅譲密約」をめぐる麻生の打算と福田の計略――改造内閣はいつまでもつのか(上) | 政界インサイドレポート
特別取材
2008年8月 5日 14:00

 今回の内閣改造は「官僚主導」もしくは「霞ヶ関との関係修復」という“福田カラー”を全面的に押し出したものだ。留任した町村信孝・官房長官をはじめ、伊吹文明・財務相、与謝野馨・経済財政相など、“大蔵族議員”の重鎮たちをずらりと経済・財政運営の中枢に据えたのはその象徴だろう。一方で公務員改革をめぐって官僚とバトルを演じた渡辺喜美・前行革相や太田弘子・前経済財政相ら構造改革派は一掃された。これほどわかりやすい人事はない。今後、財務省が望む《消費税増税》のレールがはっきり敷かれるのは間違いない。
 そうした時代に逆行した路線転換を可能にしたのも、福田氏が政敵の麻生太郎氏を幹事長として政権に取り込み、自民党内の「不安要因」を取り除くことができたからだが、なぜ、麻生氏は“泥舟内閣”に自ら乗り込んだのだろうか。

麻生の“打算”

《政権禅譲密約》――麻生氏と福田首相の間では、総選挙前に首相を交代するという密約が交わされたといわれる。
麻生「総選挙はどうするつもりですか」
福田「あなたにお任せしますよ」
 7月1日の2人の差しの会談でのやりとりだ。麻生氏は幹事長就任を受けた後、側近に「福田さんは自分の手で解散する気がない」と語り、総選挙前の「政権禅譲」に期待をのぞかせた。それまで「福田さんとは哲学が違う」と入閣や執行部入りを固辞してきた姿勢を一転させ、政権に協力する気持ちになったのは“禅譲の確約”を得たからだと見られている。

 しかし、自民党の歴史の中で、この手の約束は守られたためしがない。かつて三木内閣の後、福田首相の父・赳夫氏が首相に就任した際には、大平正芳氏との間で「福田2年、その後、大平首相」という《大福密約》が交わされ、文書までつくられたとされるが、現実には福田氏側が約束を反故にして2人は2年後に壮絶な総裁選を戦うことになった。ましてや、当時と違って今や自民党の党勢は衰え、総選挙で敗れれば政権を失うという危機の淵に立たされている。禅譲を約束されても「次」があるとは限らないのだ。

 もちろん、麻生氏も「約束」だけに期待しているわけではない。
 麻生氏を説得したのは森喜朗・元首相と公明党だ。森氏は何度も麻生氏に執行部入りを口説き、麻生氏と親しい公明党の北側一雄・幹事長も1ヶ月ほど前から、「政権を支えてほしい」と訴えた。
 麻生側近議員が語る。
「麻生さんは自民党内に敵が多く、昨年の総裁選では包囲網を敷かれて敗れた。いくら福田政権の支持率が低くても、総理が辞めるといわない限り交代させられないし、党内基盤が弱い麻生さんには、幹事長を断っても“福田おろし”の具体的な展望があるわけではなかった。その点、森さんたちからの“三顧の礼”に応じて幹事長を承諾したことで旧森派(町村派)と公明党に恩を売り、ポスト福田の総裁の座を確実にする道を選んだ。やむをえない選択だったといえる。あとは首相交代のタイミングだけだ」
“数の力”で政権を取れない麻生氏には、自分を高く買ってもらうしかなかったというのだ。それが政治の現実だろう。

つづく

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