2024年04月20日( 土 )

加速する地球温暖化で危機に瀕する「現代版ノアの箱舟」(2)

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国際政治経済学者 浜田 和幸

 一方、「現代版ノアの箱舟」と呼ばれる種子バンクが存続の危機に瀕している。日本では馴染みが薄い存在だが、この施設の建設は2007年から始まり、その目的は人類がこれまで手に入れてきたあらゆる農業遺産を保護することである。具体的には、あらゆる国の農業にとって不可欠の役割をはたしてきた「種子」を未来のために保存しようという計画だ。この事業の旗振り役はノルウェー政府で、建設費の600万ユーロ(約10億円)を負担。

 完成した種子バンクはノルウェーのスピッツベルゲン島にある。正式名称は「あらゆる危機に耐えうるように設計された終末の日に備える北極種子貯蔵庫」という長いもの。運営面で全面的な資金協力を行っているのがビル・アンド・メリンダ・ゲイツ基金である。

 マイクロソフトの創業者が設立した財団だ。世界1の大富豪の座を長年に渡り保っているビル・ゲイツ氏。税制上の規則があるため、毎年15億ドルをチャリティー事業に使わなくてはならない。これまでもエイズの撲滅やがんの治療ワクチンの開発などに潤沢な資金を提供してきたことで知られる。

 そうした慈善事業の一環として、種子バンクにも資金面での支援を決めたのである。そのおかげもあり、この貯蔵庫は2008年2月26日、正式にオープン。「万が一、核戦争が勃発したり、地球環境の激変で、世界各地から農業用の種子が絶滅したりするような場合でも、未来の人類は、この種子バンクの種子を使い、農業を再生できるようにする」というのが謳い文句であった。

 想定通りに行けば、実に心強いプロジェクトのはずであった。そうした趣旨に賛同し、ゲイツ基金のほかにも多くの財団や企業が協力を申し出た。ロックフェラー財団、シンジェンタ財団、モンサント、CGIAR(国際農業調査コンサルグループ)などが結集し、300万種類の植物の種子が世界中から集められた。当然のことだが、冒頭に述べたカカオの種子も保存されている。

 実際のところ、そうした期待に応える結果を出した事例がすでにある。それは内戦で疲弊したシリアでのこと。戦争勃発前に同国の小麦、大麦、ひよこ豆、ファバビーンズなどの種子をノルウェーの種子バンクに保存を依頼。その直後にシリアのアレッポにあった種子バンクは戦火に包まれてしまう。しかし、難を逃れたシリア土着の種子はノルウェーからモロッコやレバノンに移送され、シリアの情勢が安定し次第、送り返される体制が整えられた。2015年のことである。

 ノルウェー政府が太鼓判を押す、この種子貯蔵庫が建設されたのはスピッツベルゲン島のスバルバルという場所。北極点から1,100kmほどの距離にある。ノルウェーと北極点の中間に位置する、極寒の地であり、周りには誰も住んでいない。毎年、11月中旬から翌年3月頭までは太陽も顔を見せない。まさに氷に閉ざされた世界にほかならない。島自体が永久凍土の一部を形成しており、マイナス18度が最適といわれる種子の保存にとっては理想的な環境と目されていた。

 たとえ、貯蔵庫内の冷凍システムが故障したような場合でも、永久凍土層に位置するため、気温がマイナス3.5度以上に上がる恐れはない。しかも、地震や津波の恐れも皆無だ。その上、海抜130mにあるため、グリーンランドや北極の氷床が溶けても施設が水没するような可能性は限りなくゼロに近い。

 そして、地下130mに完成した収蔵庫は鋼鉄で補強された厚み1mのコンクリート製の壁で覆われている。かつ、4重の装甲・気密扉と電子キーで守られるという厳重さである。「核攻撃を受けても大丈夫」といわれるほどの堅固なつくりが自慢であった。そのため、一部では「この施設はNATOの最高機密プロジェクトの一環で、優生学の観点から選んだ人類の精子を保管しているのでは」との疑いの目を向けられることにもなったほど。

(つづく)

<プロフィール>
hamada_prf浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。
今年7月にネット出版した原田翔太氏との共著『未来予見〜「未来が見える人」は何をやっているのか?21世紀版知的未来学入門~』(ユナイテッドリンクスジャパン)がアマゾンでベストセラーに。

 
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