2024年04月19日( 金 )

集団的生存戦略を駆使し、無縁社会を乗り切るには(後)

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大さんのシニアリポート第66回

(5)高齢者が置かれている現実について何でも。

・ホームに入所しても、“個”の生活を保障してくれるところは少ない。このままの生活が続けられれば良い/子どもたちに迷惑をかけることだけはしたくない/金はあの世にもっていけないし、子どもたちに残しても父親のために使ってくれるとは限らない。捨てられてしまう場合も多い。金は見せ金だ。ちらつかせて子どもたちの機嫌を買う以外にない/結局、子どもに嫌われる親だと簡単に見捨てられる。常日ごろから、子どもたちから可愛がってもらえる年寄りになるしかない。

 「子どもには迷惑をかけたくない」という文言ばかりが目につく。一方で、「自分が親を看てきたのだから、子どもが親を看るのが当然」といい切る高齢者もいるが、少数だ。「できれば子どもに看てもらいたい」と思っていても、それを口にだせない人も少なくない。「子どもに嫌われたくない」「子どもたちに可愛がられる年寄りに」「金はそのための見せ金(投資)」だと思い込む。

 「両親はお年玉、誕生日・入学・就職祝いの“金のなる木”」という存在だけ。「オレオレ詐欺」で息子の窮状を救おうと、200万円手渡した父親に対し、「他人に200万も渡すとは何だ。それは俺の金だろう」と父親を責め、自死にまで追い込む。年金受給日にだけ施設を訪れ、通帳と印鑑をもち出す子ども。そう育てたのも今の親たちである。今の高齢者の多くは、両親を看てきた人たちである。なのに、「子ども(孫)なら親の面倒を看ろ」といい切る自信がもてない。

 この現象を、最も必要(親として期待)とされるはずの“介護の現場”に限定すると、とんでもない現実が待ち構えていた。「PRESIDENT Online」(2014年12月20日)に、“ベスト・ケアマネージャー”と称するFさんが、「親が介護になっても他人事みたいな感じで、そう深刻に受け止めず、我々介護サービス業者に介護を丸投げする人が結構いるんですよね」と証言している。「家族の2人に1人が“拒否・放棄”(ネグレクト)する」時代だそうだ。

 2年前の春、介護資格取得を目指して専門学校に通学し、現在介護施設に勤務しながら大学の通信教育を受けている妻(当時66歳)が、「間違っていないと思う。実習先の施設でも、面会ノートが真っ白。来ても月に1~2回程度。入所者の多くが、施設(という姥捨て山)に捨てられたと感じてしまうことが少なくない」と漏らした。「子どもたちに悪い。面倒かけたくない」という思いの結末が、「介護業者と施設への丸投げ」だとしたら、高齢者は浮かばれない。

 ただそうしたデスペレート的な考え方でこの先を乗り切ることは不可能だ。「血縁(親子)関係が崩壊」しているのであれば、残された道は、桜井政成(立命館大学政策科学部教授 副部長・政策科学)氏の「NPO・ボランティアグループ、互助組織といった集団的な『生存戦略』を駆使し、『無縁社会』を乗り切る方策を考えるべきである」(ネット・「考える犬」~桜井研究室から)という提唱に真剣に耳を傾けるべきだ。

 宮台真司(社会学者・首都大学東京教授)氏が出演する人気ラジオ番組、「荒川強啓 デイ・キャッチ!」の「金曜ボイス」(2018年5月11日放送)で、宮台氏がまた興味深い発言をした。宮台氏の発言を私なりに整理したい。「日本における貧困救済対策の遅れは、国があえて貧困対策を無視し、救済する側(国)とされる側の間にあるはずの共同体を空洞化したままで、救済される側のセルフヘルプ(自助)に判断を委ねたことだ。自己責任化することで肝心の問題を放棄した」という趣旨の発言があった。共同体の存在価値は絶大なものなのである。その意味では、運営する「サロン幸福亭ぐるり」こそ、見事なまでの「コーポラティブハウス」の機能と生存戦略を兼ね備えた共同体組織と自負したい。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

 
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