2024年04月19日( 金 )

中国の経済成長の陰で~福博の中華料理の名店が黒字閉店(前)

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華風 福寿飯店

 今年4月28日にファンから惜しまれつつ閉店した福岡市中央区大名の「華風 福寿飯店」。創業68年の中華料理の名店として広くその名が知られ、繁盛を見せていたが、スタッフの高齢化などの深刻な人手不足により黒字閉店を余儀なくされた。経済成長を遂げる中国からのインバウンドで福岡も活況を見せる昨今、「日中友好の懸け橋」ともいわれた存在の店に何が起きていたのか。同店を運営していた(株)秀貴興産の李憲章(り・けんしょう)会長に話をうかがった。

高齢化と人手不足

(株)秀貴興産 会長 李 憲章 氏

 「福寿飯店」は1951年9月22日、福岡市博多区下川端にオープンした。下川端の店舗は、5階建てのビルの1階で、100人を収容できるほどの広さ。西鉄ライオンズの優勝祝賀会が行われたほか、結婚式などのパーティーも行われていたという。「中華料理の名店」として少しずつファンが増えていき、77年9月22日には、福岡市早良区西新に2号店をオープン。同店の経営を李会長が任された。

 1号店があった下川端は、街自体の活気が失われた時期もあったが、90年代後半に周辺で再開発が進み、博多リバレイン、博多座、ホテルオークラなど現在の街並みの顔となる施設が続々と誕生し、活気を取り戻す。同店は再開発区域にかからず、地道に営業を続けてきたが、人手不足を理由に2011年に惜しまれつつ閉店。もう1つの店舗だった西新店は12年前の06年に福岡市中央区大名に移転し、営業を行っていたが、今年4月28日に、1号店と同様、料理人やフロア従業員の高齢化によって黒字営業でありながら閉店せざるを得なくなった。

 「店内は高級感が溢れているのに安くてうまい」という評価があり、来店客は多く、悪い評判もなかった。かつて福岡には華僑系の中華料理店が複数あったが、屋号は残っても経営者が変わる店舗もあるなか、同店は数少ない生え抜きの店舗だった。67年の歴史をもち、福博の街の発展とともに歩み続けてきた。時代の変化とともにメニューなどを変えるなど営業努力も行っていたが、従業員の高齢化には勝てなかった。

 李会長によると、料理人を始めとした社員の平均年齢は60代。「最近は、パートやアルバイトの募集を行ってもまったく応募がなかった」と嘆く。多数の飲食店が軒を連ねる福岡市において、その人材獲得競争は熾烈を極めていることも背景にある。

 福岡県の在留中国人の数も減少している。外務省が発表した昨年6月時点での在留外国人の総数は247万人。そのうち中国人は最も多い73万人で全体の約3割近くを占め、国別で見れば韓国の45万人よりも多い(表参照)。しかし、日本における中国人の数は増加傾向にあるのだが、福岡県の在留中国人はわずか3%。2012年末に2万1,169人だったが、16年末は1万9,600人に減少している。

(つづく)
【矢野 寛之】

 

 
(中)

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