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特別取材

何世代にも続いていける農業へ(2)
特別取材
2010年1月 7日 13:00

目先にとらわれず広く・長い視野のすすめ

ウィンドファーム  中村隆市社長

フェアトレードに興味を抱く

 中村 有機農業が順調に広まり始めたころ、1986年にチェルノブイリ原発事故が起こりました。もう24年も前の話ですが、8,000キロ離れた日本にまで放射能が風に流されてやってきました。その放射能によって、有機農業の畑も汚染されました。一番かわいそうだったのは、お茶の生産者が放射能汚染の数値が高くて出荷できなかったことです。

 また、事故の後に放射能汚染食品がどんどん日本に入り始めました。防止策として、政府が基準を作りました。370ベクレル以上に放射能で汚染されたものは輸入しないというものです。私が気になったのは、汚染のひどい食品を日本が拒絶して、その結果、行き場を失った食べ物はどうなるのかということでした。調べてみると、その多くがアフリカや中南米やアジアなどの経済的に貧しい国々に回っていました。このことを知って、途上国の子どもたちが気になり始め、翌年、途上国と繋がる仕事がしたいと思って生協を退職しました。自分は今まで、有機農産物の産直運動や有機農業を広げる仕事をしてきたので、これからは途上国で有機農業を広げ、それを日本の消費者に販売しながら途上国が抱える問題を少しでも解決していけたらいいなと考えたのです。

途上国から何を輸入するか

 中村 しかし、私には輸入経験がなく、はじめは何を輸入すれば事業が成り立つかも分かりませんでした。例えば、熱帯の果物を輸入すると1~2ヶ月の船旅と輸出入の手続き中に腐ったりカビが生えたりするため、一般では農薬や防腐剤などを使用しますが、私はそうした化学物質を使いたくなかったので、考えた末に有機栽培のコーヒーを生豆で輸入することに決めました。焙煎する前の生豆だったら長期の保管が可能なので、コーヒー生豆をコンテナで輸入し、注文に応じて焙煎する方法で、少しずつ有機コーヒーを広めていきました。しかし、有機コーヒーの生産者を探すのも、消費者を増やすのもどちらも長い時間がかかりました。
中村社長 森の中にて
 それでも20年以上やってきたので、理解者が増えてきました。一番長く提携している農場は、ブラジル・ミナス州南部のジャカランダ農場で、取引量も一番多くなっています。 この農場があるマッシャード市で、有機コーヒー・フェアトレード国際会議を開催したり、有機農業セミナーを開催してきた結果、有機コーヒーの栽培に取り組む農場が増えました。マッシャード市は、5年ほど前に世界で初めて「有機コーヒー首都宣言」を発表しました。そして、有機農業とフェアトレードの普及に貢献したということで、私も名誉市民賞を授かりました。それほどに市を挙げて有機農業に取り組んでいます。

 ―各国から有機コーヒーを輸入されていますが、ご苦労されたところはどういうところですか。

 中村 生産者と提携して輸入している主要な国は、ブラジル、エクアドル、メキシコで、紅茶をインドから輸入していますが、有機農場や有機生産組合を探すことが難しかったですね。それと、生産者が納得できる価格を基本にして、代金先払いで買い続けてきました。平均すると国際価格の2~3倍で購入しています。

 エクアドルとは11年やってきました。ここでは、自然破壊型の開発があちこちで行なわれています。そのなかの代表例に鉱山開発があります。森林を伐採して鉱物を採掘するのですが、採掘する期間は15年ぐらいです。地域住民は、15年間は鉱山で働けるのですが、鉱山を掘りつくしたらそこで暮らせなくなります。森がなくなって、重金属で汚染され、そこに人々は住めなくなってしまいます。そして、町へ出て行きますが、町へ出て行っても仕事がない。途上国の都市はそうやって膨張していくのですが、仕事のない人が増えてスラムが形成され、子どもが捨てられてストリートチルドレンとなっていきます。

(つづく)


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