「ただいま」
家内は、この日も娘を寝かしつけたあとポテトチップスを頬張りながらテレビを見ていた。平常時、私は夜8時くらいまでに帰宅し、娘に絵本を読んでやるのが楽しみだった。事前にアポイントのある日と、毎週月曜日以外は必ずそのようにしていた。
では毎週月曜日は何をしているのかというと"じっくり考える日"にしており、ブレーンストーミングを入れたり、私自身の検討課題の資料作成などに当てたりしていた。ところがこの1カ月は、平日はほとんど深夜帰宅となっていたのだった。
「おかえり。今、ニュースでたくさん出てたよ」
と家内。
「今までで最高というくらい、マスコミが集まったからねぇ」
「これからどうなると?」
「民事再生の場合は、経営陣は即クビということはない。社員の手前、役員報酬の大幅カットはしなければならないから、しばらく赤字家計にはなると思うけど、まあ社会保険の心配もしなくていいわけだから感謝しないと」
「会社、辞めると?」
「普通の社員だったら辞めてもしょうがないけど、ぼくの場合は管理の責任者だから、今辞めたら無責任ということになる。あ、そうそう、今度の20日の給料は、社員には通常通り出すんだけれど、役員は出ないから。役員は雇用契約ではないので。で、その次以降は安くなる」
「早く辞めて転職してよ。いつまでこんな状態が続くと?」
「わからないけれど、早くても数カ月だろうね」
「こんな不景気で転職先なんてあると?」
「会社っていうのは新陳代謝してるんだよ。倒産する会社もたくさんあるけれど、新しい会社もどんどんできている。これから上場しようという会社もたくさんある。だから、今の会社の整理を責任もってできれば、何か仕事はあるって」
折りしもテレビには経済番組が流れており、不動産業界でも従来型のデベロッパーが次々と倒産する一方で、中古マンションのリノベーションや売れ残りマンションを引き取って安売りする会社、それに飲食店の居抜物件を紹介する会社など、新しいビジネスが活気を帯びていることが紹介されていた。それを見て家内は不安を振り切るように言った。
「見て見て。不動産業界のなかですら、つぶれる会社もあれば新しく伸びる会社もあるね」
「そうでしょ、経済は新陳代謝するんだから」
私はもう一度、社会は"新陳代謝"していることを強調した。
民事再生ということで私は今後しばらく会社にとどまり、会社の再建に当たらなくてはならない。腰を据えて再生に取り組み、ある程度目鼻がつくまでにどの程度の期間がかかるのか? この時点ではまったく予想がつかなかった。
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・REBIRTH 民事再生600日間の苦闘(1)~はじまり
<プロフィール>
石川 健一 (いしかわ けんいち)
東京出身、1967年生まれ。有名私大経済学卒。大卒後、大手スーパーに入社し、福岡の関連法人にてレジャー関連企業の立ち上げに携わる。その後、上場不動産会社に転職し、経営企画室長から管理担当常務まで務めるがリーマンショックの余波を受け民事再生に直面。倒産処理を終えた今は、前オーナー経営者が新たに設立した不動産会社で再チャレンジに取り組みつつ、原稿執筆活動を行なう。職業上の得意分野は経営計画、組織マネジメント、広報・IR、事業立ち上げ。執筆面での関心分野は、企業再生、組織マネジメント、流通・サービス業、航空・鉄道、近代戦史。
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