<第六章 谷本次期頭取誕生の軌跡>
クーデター未遂事件(4)
谷本が営業本部長として最初の通期決算終えた4月の初旬、維新銀行は恒例の全店支店長会議を開催。植木頭取は並いる役員や支店長を前にして、前年度の通期決算の総括と新年度の経営方針について訓話した。
その訓話のなかで、昭和2年、金融大恐慌発生直後の日本の金融界の大混乱を目の当たりにした一瀬粂吉翁(元三十四銀行副頭取・三和銀行取締役)が銀行業界の将来及び当時の社会情勢、人心の乱れを憂えて書き編した「銀行業務改善隻語」について語り出した。
「この本には、次のようなことが書いてある。
『信を失えば即ち立たず(論語)』と、政治が人民の信を失えば世の中は崩れるのと同様に、銀行も信義に則った経営をしなければいけない。また銀行経営の要諦は、私利私欲に走るのではなく公共的な使命感を持つことが大切である。
銀行員の心得として、不平を戒めて己の仕事を愛すこと、愚直を守りかつ分をわきまえて行動することにある。
特に支店長の心得として、
(1)将たる器
(2)部下に対する指導
(3)顧客を大切にすることは勿論であるが、顧客から欺かれてはいけない
(4)紹介取引の危険
(5)業務推進は姑息で安易な手段を取らないこと
(6)常に己の行動を戒めること。
その上に立って、貸出は常識行為と捉え、他行がやっているからと言って決して安易な貸出はやってはいけない。安全な貸出は正しい手続きを旨とし顧客や世間に侫ねることをしてはいけない。貸さないことも親切である。
以上、皆さんもこのことをよく肝に銘じてほしい」
と話し、
「今のバブル経済においても通用する内容が書かれているので、是非買って読んでほしい」
と付け加えた。
最後に中国の故事を例にとって、
「決して銀行経営の根幹を忘れてはならない。食うものがなくなったからと言って、隣の畑から西瓜を盗んでくるという発想をしてはいけない。『渇しても盗泉の水をのまず』という言葉もある。孔子が「盗泉」という所を通った時、喉が渇いていたがその地名の悪さを嫌ってそこの水を飲まなかった。儲からなくなったからといって望ましくないことに手を出してはならない。
まともな貸金をやらずにいて、預金は高い利率で集めたから財テクでもやろう、ということでは、預貸金の利鞘はますます逆鞘となる。お互い汗を流して水の湧き出る井戸を掘る努力をしよう。腹が減ったと言って他人の畑の西瓜を盗んではいけない」
と結んだ。
それはバブルに走る経営をしないようにと出席した支店長への戒めの訓話であったが、谷本営業本部長の営業施策に対する痛烈な警鐘でもあった。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
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