<第六章 谷本次期頭取誕生の軌跡>
クーデター未遂事件(6)
そんな矢先、健全経営を貫きその手腕を高く評価されていた植木は、「好事魔多し」の例えの通り、突然体調不良に陥った。従来から軽い頻尿の症状はあったが、その年の暮近くになって夜間の頻尿が続き、睡眠不足に悩まされるようになった。そのため厚生会病院で検査を受けると医師より前立腺がんとの診断を受けた。
植木の前立腺がんは、リンパ節や骨の一部に転移が見られるものの、今のところ臓器へは転移していないとの診断であった。植木は手術することも考えたが、万一長期入院となるとその影響は計り知れないものがあり、ホルモン療法による治療を受けることにした。
植木は腹心の笹川常務にだけは前立腺がんであることを知らせたが、他の役員や秘書室長には「医者から前立腺肥大との診断を受け、治療が必要と医師から説明を受けた」と伝えることにし、毎週定期的に厚生会病院に治療のため通うことになった。
植木は今まで毎年人間ドックに入り、定期健診を受けていたが異常はなかったため、健康には自信を持っていた。ただ医者からは禁煙を勧められ何度もやめようと思ったが、「煙草が美味しいのは健康な証拠」と自分自身に言い聞かせてやめることはしなかった。
1974年6月に頭取に就任以来18年目を迎え、植木は20年を目処に頭取を引退する気でいたが、今回の体調不良の原因が肺ではなく、前立腺がんと診断されたショックは大きかった。
後継者についてはいずれそのうちにと思っていたが、前立腺がんを患ったことで、「もしものことを考えるとそろそろ後継を考えないといけない」と真剣に思うようになった。年が明けてホルモン療法により頻尿は改善されてきたが、76才の植木にとって頭取職は激務であった。しかもがんと診断されたことで少し気力の衰えを感じるようになっていった。
2月下旬、植木は腹心の笹川常務を頭取室に呼び、次期頭取候補についての考えを聞いた。笹川は
「若返りと言うことであれば、現在営業本部長の竹下常務ではないかと思いますが」
と植木の顔色を窺うような話し方をした。続けて
「順序からいけば谷本専務でしょうが、もし竹下常務を頭取に据えるとなると、谷本専務には任期途中ですが降りてもらわない と、竹下常務はやりにくいと思います」
と話した。植木は頷きながら、
「そうだなあ。自分が会長に退いて、竹下君を頭取にした場合、谷本君がいるとやりにくくなるのは間違いない。確かに」
と話し、愛飲のラークに火をつけ大きく息をして暫く考え込んでいた。
煙草の煙をくゆらせながら植木は、
「笹川常務、君は谷本君と会って任期途中であるが、今期限りで役員を降りてもらうように話して見てくれんか。ただし、前立腺肥大ということにしているので、差し迫った健康上の理由ではないことも念を押していた方が良いかもしれないね」
と話し、笹川に交渉を任せることにした。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
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