<たらい回し>
「石川様ですね。それではよろしくお願いします」
ハローワークのなんとも言いようのない空気に慣れてくるとともに、私は、何の存在理由もない取るに足らない一失業者である自分に慣らされてしまったようだ。この職員は、一個人としては、取るに足らない20代の若者に過ぎないかもしれないが、失業の心配のない公務員だ。この人と比較すれば失業した私など社会の塵くずのようなものだ・・・というような、嫉妬と卑下の入り混じった惨めな気持ちがした。
「はい、そうです」私は気を取り直して答えた。
「石川様の場合は、自己都合の離職ですが、今回は被保険者の期間がないので、残念ながら失業給付の受給資格はございません」
そうくるだろうとは思っていた。しかし、私は萎えた気力を振り絞って答えた。
「しかし、親族の介護のための離職ということであれば、特定理由離職者に該当し、被保険者期間6カ月で受給の対象になるのではないでしょうか。実は、私の実家は東京なのですが、この7月に父を亡くし、残された母は要介護度5で、近所に住む妹が何とか面倒を見ていますが、私も、これを機会に介護のために東京での就職を考えているのですが、いかがなものでしょうか」
もちろん、私は父の死亡や母の要介護を確認できる書類の写しを持参してきていた。
「そうでしたか・・・それでは少々お待ちください」そう言うと、職員はカウンターの向こうの上席者と思われる人の机に行き、私のことを相談していた。ハローワークの館内は失業者でごった返しているため、そこでどんな会話がなされているかは知る由もない。
少しして、職員がカウンターに戻ってきた。
「石川様、そういうことであれば、当所ではこの受給申請は受け付けられません。東京のハローワークと連絡を取られることをお勧めします。よく事前に電話などで連絡を取られたらいいと思います」
私は、この言葉に典型的な公務員の"たらい回し"を見た思いがして無性に腹が立った。
「私は収入を失って、生計維持に困難があるから失業手当を申請しているんですよ。それを、東京に行って申請しろ、とは一体どういうことですか。東京まで往復するのに高速バスでも3万円かかるんですよ。そんな理不尽なことがありますか。書類を受け取って東京のハローワークに取り次ぐというならともかく、書類を受けもせずに、東京の窓口に行けなどというのは余りにも過酷ではないですか」と私。
そういうと、職員はもう一度席を立って上席者のもとに相談に行った。しかし、二言三言の会話の後、彼は再び私の前のカウンターに戻ってきて腰を下ろした。
「石川様、大変残念ですが、やはりこれはお受けすることはできません」と言いつつ、手はもう「受給資格なし、被保険者期間不足」という意味のスタンプを、私の離職票に押している。
「それでは、私もそのご判断には不服なので、何らかの形で異議を申し立てたいと思うのですが、どうしたらいいですか?」と私。
「そうおっしゃられても、致し方ないことなんですよ」職員も困っているようだ。
「納得がいかないんだからしょうがないでしょう。ハローワークの手引きにも、両親の介護のための離職は、特定理由離職者に該当して、6カ月の被保険者期間で手当を受給できると書いてあるのに何でダメなんですか」
私がそう食い下がると、職員は三度、上席者に相談のうえ、今回のハローワークの判断に対する不服申立の窓口を教えてくれた。厚生労働省の出先の一部署であった。
そして、最後に、
「今回はご希望に添えず申し訳ありません。でも、当方がそのようなことを申し上げるのも変ですが、石川様の場合、わずか2カ月の被保険者期間の不足ですから、わずか2カ月、安全を見て2カ月半をどこかしらで契約社員として勤めさえすれば、被保険者期間が満了して、その後はすぐに手当を受給できるんですよ」こう職員は述べた。
「それは私もそうだろうとは思っていました。確かに2ヶ月半を契約社員として働けばいいんですね」私は念を押した。
「はい、その通りです。」
私は、この職員が最後に多少は血の通ったことを言った、と感じ、いろいろ言ってすみませでした、と非礼を侘び、席を立った。
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<プロフィール>
石川 健一 (いしかわ けんいち)
東京出身、1967年生まれ。有名私大経済学卒。大卒後、大手スーパーに入社し、福岡の関連法人にてレジャー関連企業の立ち上げに携わる。その後、上場不動産会社に転職し、経営企画室長から管理担当常務まで務めるがリーマンショックの余波を受け民事再生に直面。倒産処理を終えた今は、前オーナー経営者が新たに設立した不動産会社で再チャレンジに取り組みつつ、原稿執筆活動を行なう。職業上の得意分野は経営計画、組織マネジメント、広報・IR、事業立ち上げ。執筆面での関心分野は、企業再生、組織マネジメント、流通・サービス業、航空・鉄道、近代戦史。
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