<不動産管理に乗り出す>
こうして、収益ビル売買でLupraを軌道に乗せたところで、黒田社長は、新たに不動産管理という柱を加えることで経営基盤を固めることを考え始めた。
2010年の11月頃に旧役員のうち、黒田会長、岩倉社長、中井常務、私がLupraの平尾の小さい会社に集まった。
「オーナーからは、早く賃貸管理を始めてくださいという人が多いので、どうか。」といって、黒田会長は、笑いながら、宅建業者の免許看板を見せた。
一同驚いた。
「もう会社を買ったんですか?」
看板には、法人名と宅地建物取引業者の免許番号が記されている。
不動産業を営むためには、宅建業者の免許を取得しなければならない。宅建業者は事務所にそのような看板を掲出することを義務付けられている。新たに宅建業者の登録をするには供託金の支払などでまとまった資金がいる。そこで、それよりも安く上がる手法として、法人を買ったのだ。
「そう。11月からまる2年になるからね」と会長。
黒田会長がいっている「まる2年」というのは、競合避止義務の2年間のことだった。
DKホールディングスが不動産管理事業を譲渡する際に、その譲渡契約書のなかに、競業避止義務条項が置かれていた。これは、事業譲渡から2年間は、DKホールディングスおよびその役員であった者は、新会社ESTATEの不動産管理事業の顧客(つまり賃貸マンションのオーナー)に営業をかけてはならない、という条項であった。
通常、事業譲渡契約書には、事業の売主である旧経営陣が同一の事業を立ち上げることを禁じる規定を置く。事業の買手が、売手側がライバルとして現れてくることを恐れるからである。
が、私が事業譲渡を進める際、旧役員に対して不動産業全体を禁じるのはあまりにも過酷であるということで、(不動産業しか知らない人が多かったため)、競合避止義務の範囲を、2年間の管理移行営業のみに局限したのだった。
「ですが、競合避止義務の2年間は、事業譲渡の実行日からのカウントですので、来年(2011年)の5月まで待たないといけませんよ。」と私。
黒田会長は、それは仕方がないという顔をして、それでは、その時にむけて準備をしていこう、ということになった。
その当時、岩倉社長は東京でフルコミッッションながら売買仲介に取り組んでおり、中井常務は、既にDKホールディングス以来の取引先であったリフォーム会社に入社し、わずか数人の会社であったが7月より再スタートを切っていたところだった。
そのため、この場はそれで終わった。
その1カ月後、黒田会長より
「最近どうね!」
という電話があり、そろそろ本気で不動産管理事業の準備をしたい、という連絡が入ったのは、先に述べたとおりである。以来、3月にかけて不動産管理事業を開始するための、事業計画の作成、賃貸管理システムの契約、社員1名の採用等々をこなしていった。
管理物件の獲得についても、当初は、身内の物件(アパート)の管理から始め、その後、Lupraで新たな収益ビルの売買を実行した際に、その管理もいただくことで棟数を増やし、さらに競合避止義務が明けた2012年5月以降は、ESTATEに継承したオーナーのなかで、当社に関心がある方への営業も行っていった。
<プロフィール>
石川 健一 (いしかわ けんいち)
東京出身、1967年生まれ。有名私大経済学卒。大卒後、大手スーパーに入社し、福岡の関連法人にてレジャー関連企業の立ち上げに携わる。その後、上場不動産会社に転職し、経営企画室長から管理担当常務まで務めるがリーマンショックの余波を受け民事再生に直面。倒産処理を終えた今は、前オーナー経営者が新たに設立した不動産会社で再チャレンジに取り組みつつ、原稿執筆活動を行なう。職業上の得意分野は経営計画、組織マネジメント、広報・IR、事業立ち上げ。執筆面での関心分野は、企業再生、組織マネジメント、流通・サービス業、航空・鉄道、近代戦史。
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