<再出発>
地元企業に職を見つけるとしても、上場準備企業などほとんどない。離職率の高いブラック企業は問題外としても、あるとすれば問題を抱えた中堅企業の管理部長とか、病院や介護施設の事務長・事務課長等であった。
先に述べたように、これらの給与は、いいところ600万円であろう。そして、その後の昇給はそう多くは期待できない。それであれば、500万円からのスタートであっても、自ら事業基盤を固め、ビジネスを拡張してゆき、その中で自分のポジションを固めていくことで、より良い生活に向けてチャレンジしていくことのほうが夢がある。それが本当の再生だ、私はそう考えた。
いっぽう、Lupraの懐事情も、ビジネスモデルは確立したとはいっても、まだ、次々と売買を成立させていかなければ資金繰を維持できない段階にあった。
そういう段階で何よりも必要なのは固定費を抑え目にしておくことである。そういう観点から、給料については贅沢なことはいえない。必要なのは、今まさにやろうとしているように、毎月一定の収益を計上できる不動産管理事業を確立させることだった。
家内は、眼科の専門職で、パートタイマーとして働き、収入の不足を補ってくれていた。
その家内も、腰痛と膝痛の持病を持っていて、かねてより私の収入が安定したら仕事を辞めたいという希望を持っていた。しかし、リーマンショックでDKホールディングスが押し流され、その後、ブラック企業に勤務して生計をつないだのはいいが、その後私が腰を落ち着けることができないまま失職したことで、パートを辞められずにいるのだった。
そこで、私は改めてこのようになったことを家内に詫び、たとえ安定していても伸びしろのない仕事をするよりも、新しい事業の構築に取り組み、後図を期したい旨話した。
家内としても、やはり収入はないよりあったほうが良いということで、このことにすぐ了承してくれた。 ただ家内は、以前よりデベロッパー業のリスクを心配していたので、私が再び不動産業に入っていくことに不満があり、むしろ伸びしろが少なくとも安定した仕事について欲しかった、という様子がなきにしもあらずだった。
これに対しては、黒田社長も私も以前の反省を活かして今度こそ倒産しない会社を作るから、と答弁した。
そうしたうえでLupraの社長室で黒田会長に申し出た。
「これまで、転職活動をしてきましたが、もうやめます。賃貸管理の立ち上げはもちろん、あらゆることをやることで、自分の手で復活してゆきたいと思います。」と私。
黒田社長は、嬉しそうにうなずき、
「給料は、多くは出せないけど40数万円であとは状況次第。一度した約束を後で破るのは俺もいやだから。」
「結構です。あとは、事業が拡大することで金はついてくると思っています。原稿を書いたり他社の顧問をしたり、生活費を補うための自助努力はさせてください。」
そういって固く握手を交わした。
このようにして私は、本当の再スタートを切ることになった。
<プロフィール>
石川 健一 (いしかわ けんいち)
東京出身、1967年生まれ。有名私大経済学卒。大卒後、大手スーパーに入社し、福岡の関連法人にてレジャー関連企業の立ち上げに携わる。その後、上場不動産会社に転職し、経営企画室長から管理担当常務まで務めるがリーマンショックの余波を受け民事再生に直面。倒産処理を終えた今は、前オーナー経営者が新たに設立した不動産会社で再チャレンジに取り組みつつ、原稿執筆活動を行なう。職業上の得意分野は経営計画、組織マネジメント、広報・IR、事業立ち上げ。執筆面での関心分野は、企業再生、組織マネジメント、流通・サービス業、航空・鉄道、近代戦史。
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