<第六章 谷本頭取の時代>
クーデター未遂事件(31)
一方、笹川は首都圏本部を出ると、首都圏本部長の車で羽田空港に直行した。18:55分発の福岡空港行きのJAL331便と19:30分発のANA271便を押さえていたが、空港には6時20分に到着したのでJALで帰ることにした。
本店の秘書室に電話を入れてANAをキャンセルするように頼むと、秘書は、
「植木頭取がおられますが、お電話をお回しましょうか」
と、聞いてきた。
笹川は、
「つないで下さい」
と、言って、植木が電話口に出るのを待った。受話器の向こうから、
「笹川君か。ご苦労さんでした。そろそろ帰ろうかと思ったが、君と谷本君の話し合いの結果がどうなったかを聞きたくて帰らずにいたんだ。首尾はどうだった」
と、少し昂ぶった声が聞こえた。
笹川は、
「残念なことですが退任を断って来ました。今はそれだけお伝えしておきます。詳しいことは明朝ご自宅にお伺いしてご報告するようにしたいのですが、宜しいでしょうか」と訊ねた。
植木は
「わかった。明日の朝10時半に自宅に来てくれないか」
と言って、電話を切った。
笹川は、博多駅21:47分発のこだまに乗った。新海峡駅からタクシーで自宅に戻ったのは午後10時30分を少し過ぎていた。
笹川は、海峡市立大学に近い維新銀行の役員専用社宅に妻と二人で住んでいる。隣にもう一軒社宅があり、谷本が営業本部長時代住んでいたが、首都圏本部長に転出してからは空き家になっていた。
笹川は12時過ぎに床に入ったが、日帰りで東京と海峡市を往復した肉体的な疲れはあったものの、谷本の過半数の役員を押さえているという言葉が頭から離れず、精神が高揚してなかなか寝付くことができなかった。
翌朝妻から声を掛けられ、時計を見ると、すでに8時を過ぎていた。急いで洗面所に行き鏡を見ると、よく眠れなかったこともあり、目の周りが赤く腫れぼったくなっていた。
いつもより遅い朝食を摂っていると電話が鳴った。本店の秘書室長からであった。
「お早うございます。早速ですが植木頭取からお車を10時頃に回すようにと言われておりますが、それでよろしいでしようか」
と聞いてきた。
笹川は、
「ご苦労様、それで結構です」
と言って、電話を切った。
笹川は、植木が昨日6時過ぎまで頭取室で連絡を待っていてくれたことや、こうして車を用意してくれていた心遣いに感謝した。
外出の準備を終えて新聞を読んでいると、ほどなく玄関前に頭取車が着いたのがわかった。
10時少し前に迎えの頭取車に乗り、植木の自宅に向かった。植木の自宅は持ち家で、海峡市の北東にあり、広い庭付きの一軒家であった。近くには海峡市民球場・海峡市の園芸センターや県立海峡工業高等学校があり、田園が混在する閑静な住宅地の一角にあった。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
▼関連リンク
・「維新銀行」~第一部 夜明け前(1)
※記事へのご意見はこちら