<第六章 谷本頭取の時代>
クーデター未遂事件(30)
笹川常務が応接室を退出するのを見届けて、谷本は営業本部長の竹下常務に電話を入れた。竹下は午後1時から本部の営業推進役と地区推進役との会議を終えて、役員室に戻ったばかりであった。時計を見ると、ちょうど5時30分を少し過ぎたところであった。
谷本は、
「今、電話で話していいかね」
と、気遣うように言った。
竹下は周囲を気にするような小さな声で「折り返し電話をします」と言って、電話を切った。
竹下は急いで応接室に入り、谷本へ直通の電話を入れた。
第一ベルが鳴り終わる前に受話器を取った谷本は、
「実は2時から先程まで笹川常務と話していた。やっぱり言ってきたのは任期途中で退任してくれということだった。それで退任を断ったらどうなるのかと聞いたら、断られるとは思っていなかったと言うんだ。
もし応諾したとすればどうなるのかねと聞くと、絹田監査役が3年で任期が切れるので、その後をお願いしますと言ってきた。植木頭取の体調は良くなっていると話すばかりで、頭取を交代するような話は一切出なかった。要は次期頭取を養成するために今回任期途中である僕に取締役を辞任して欲しいとの一点張りだった。
それで僕は言ったのだが、株主総会で取締役再任の負託を受けており、任期途中の退任は納得できないし、過半数の役員が任期途中の退任要請に反対していると伝えたんだ。
それを言った途端、流石に笹川常務の顔色が変わったね。
それから次期頭取について決めているのかどうか聞いたところ、今のところまだ決めていないということだった。
植木頭取の病気もあり、杉村副頭取の体調も良くないと聞いている。行内外で後継人事について心配する声が上がっている。やはり世間が納得するトップ人事をすべきではないか。そのために頭取職をぜひ禅譲してほしいとズバッと言ってしまったんだ。すると僕がこんなことを言い出すとは思ってもいなかったと見えて、笹川君はかなり動揺していたよ。
帰って植木頭取と相談のうえ、改めてご報告に上がりますと言って、ほんの少し前に帰って行ったんだ」
と、笹川と話した内容を伝えた。
竹下は、
「ご苦労様でした。そうすると本店では植木頭取を含めてバタバタすることになりそうですね。月曜以降の動きについては情報が入り次第、逐一ご報告致します。16日の月曜の予定はどうなっていますか。首都圏本部におられますか」
と、聞いてきた。
谷本は、
「今のところでかける予定は入っていないが、もしもいない場合でも連絡がつくようにしておくので、宜しく頼みますよ。それと例の組合出身の役員にもその旨を伝えておいてもらえないかね。僕も後で連絡するようにするが、いよいよ決戦の時期が来たようだ。くれぐれも結束が乱れることのないように念を押しておいて下さいね。お願いします」 と言って、電話を切った。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
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