<第六章 谷本頭取の時代>
クーデター未遂事件(29)
笹川は谷本がここまではっきりと退任を拒否するとは思っていなかった。いろいろ愚痴を言われるかもしれないが、最終的には受けてくれるものと思っていた。しかし完全に当てが外れ、次の言葉が出なかった。
ほんの一瞬であったがお互いに顔を見合わせることができなかった。その沈黙を破り谷本は、
「僕が退任を拒否したとなると、今後どのようなことになるのかを聞かせてほしい」
と、笹川の顔をじっと見据えて聞いてきた。
落胆の色を滲ませながら笹川は、
「私としては退任を受けて頂けるものとばかり思っていましたから、今後のことについては考えていませんでした」
と、素直に答えるしかなかった。
それを聞いて谷本は、
「植木頭取の考えを伝えるために来た君を、責めるわけにはいかないと思うが、やはり世間が納得する役員人事を考えるべきではないかと思うよ」
と、諭すような口調になった。
谷本は、
「ところで笹川常務、植木頭取の容態も気になるところでもあるし、杉村副頭取も体調がすぐれないと聞いている。それにも拘らず、今から次期頭取を養成していくというのは時間的に厳しいと思うし、何か別に考えがあってのことかね」
と聞いた。
すると笹川は、
「植木頭取は病気をされてから、少し弱気になっておられる面をお見受けします。しかしその反面責任感が強いのか、まだまだ元気だと自分自身に言い聞かせるように強気な面も持っておられます。早く頭取職を譲って楽になりたいという気持ちと、いや今から次期頭取を養成しようとの気持ちがないまぜになっているようです」
と、話した。
谷本は意を決したように、
「今回、植木頭取からの任期途中の退任要請をお断りすることになったが、頭取はそれでも退任の方針を変えるつもりはないのかね」
と、訊いた。
谷本は核心の議題に入ったと思った。穏やかな顔つきのなかに一条の鋭い光陰が糸を引くように、谷本は「そうであれば、植木頭取と相談して下さい。但し、役員の過半数が私の任期途中の退任に反対してくれています。また次期頭取を決めていないということなので、出来れば頭取職を禅譲して頂ければ有難いと思います。帰って植木頭取とお話をなさって下さい。」と、澱みのない声で話した。
谷本の恫喝とも言える言葉を聞いて笹川は「最初にお話しした通り、退任を受けて頂けるものと思っていましたので、今後のことについては、帰って植木頭取にご報告した上で、ご回答させて頂きたいと思います」と答えるのが精一杯であった。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
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