<第六章 谷本頭取の時代>
クーデター未遂事件(27)
お互いに腹の探り合いの会話であった。
谷本は、
「笹川常務、そんなにむきにならなくてもいいよ。たまたま時期が一致したので、そうじゃないかなと思っただけだよ。気にしなくていいよ」
と、慰めるような言葉を返してきた。笹川は、
「それを聞いて安心しました。谷本専務が本当にそう思われているのかと一瞬びっくりしました」
と、言った。
応接室のドアをノックする音が聞こえた。
谷本が「どうぞ」と声をかけると、秘書がコーヒーを運んで来た。秘書がいるしばらくの間、会話は中断することになったが、お互いに今から始まる話し合いが、どういう結末を迎えることになるのか先が見えないなかで、二人とも一瞬時計が止まったような錯覚に陥った。
秘書が退出すると、笹川はコーヒーカップから手を離し、谷本に向かってお辞儀をするような姿勢で、
「ところでお願いしておりましたご退任のお願いにつきまして、ご返事を頂けませんでしょうか」
と、谷本の顔色を窺いながら丁寧な話し方をした。
谷本は、
「その件につい、自分でもそれなりに考えもし、いろいろと人にも相談したんだが、結論から言うと退任の要請は受けないことに決めた」
と、淡々とした話し方をした。
笹川は、
「そこを何とか考え直して頂けませんか。若手の後継者を養成するためにお願いするもので、是非お願いします」
と、谷本に向かって手をついた。
谷本は、
「どんなにお願いされても、もう結論を変えることはないよ。話は逸れるが後継者に竹下君が挙がってその後白紙になったが、そのあと誰を後継とするかを決めたのかね」
と、聞いた。
笹川は、
「あくまでも竹下常務は候補の一人であって、あの時決めたわけではありませんし今のところ白紙です」
と、述べた。
谷本は、
「僕が任期半ばでの退任に反対する理由は、病気によって自発的に退任を申し出るとか、管掌する部署の監督不行き届きにより責任を取るというのであれば甘んじて受けるが、頭取が病気になり急遽後継者を育成しなくてはならなくなったので、途中で辞めてくれというのはどうしても納得できないんだ。
今のところ当行は任期2年となっており、株主の負託を受けて再任されたのであって、私には任期を全うする義務があると思う。また他の役員も同様に再任を果たしたにもかかわらず、頭取が辞めてくれと言われから任期途中で退任を余儀なくされるという前例を作れば、安心して取締役の任務を果たせなくなると思う。そのような意見も踏まえた上での結論だと思ってもらいたい」
と、きっぱりとした口調で述べた。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
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